1994年以降に発表された邦訳論文を検索できます。

論文データベース(最新論文順)

第三の技術革命

1997年11月号

ウォルター・B・リストン シティコープ/シティバンク前会長

われわれを否応なく「グローバル・ヴィレッジ」の住民に仕立てあげた、コンピュータとテレコミュニケーションの一体化による大いなる変化は革命と呼ぶにふさわしいものだ。いまや、富とパワーを生み出す資源は領土や物的資本ではなく、情報である。かつての革命同様に今回の技術革命も、富を生み出す手法を変化させることで、社会と権力のバランスを崩し、国家主権や世界経済だけでなく、安全保障概念、軍事戦略をも変貌させつつある。情報という知的資本を経済、政治、外交領域においていかにうまく集積、処理、応用するかが、制度や国家が今後生き残れるか否かを左右することになるだろう。

スハルト以後のインドネシア

1997年9月号

アダム・シュワルツ ジョンズ・ホプキンス大学客員研究員

経済発展によって、すでにインドネシアには民主主義の根幹を支えるべき中産階級が誕生しており、成長率からみても、この国は順風満帆のように思える。だが裏を返せば、腐敗や汚職、経済の一族支配がビジネスの常態とされているために、人々の起業家精神は抑え込まれ、水面下でのこそこそしたやり方ばかりが助長されている。さらに、複雑な民族、宗教、人権問題が存在するだけでなく、この国で唯一の確立された機構としての軍、そして大規模な若年失業者の存在、さらには、政治にはとにかく及び腰の中産階級と、堅固に織り込まれたスハルトの支配体制のなかで社会は硬直化している。経済成長を支えているこの国特有の経済・社会システムが、スハルトの表舞台からの退場とともに崩壊し、経済成長の影の部分で鬱積した感情を抱いている多様な民族、政治、宗教集団が一気に政治化するとすれば、この国の安定と繁栄だけでなく、ひろく東南アジア全域の経済と安全保障が脅かされることになるだろう。

高齢社会が変える日本経済と外交

1997年6月号

ミルトン・エズラッティ ロードアベットパートナー(論文発表当時)

日本の人口高齢化は、現役労働力の生産能力の低下と増大する年金生活者の消費需要の不均衡を軸に広範な国内緊張を引き起こし、これが日本の対外政策にも余波を及ぼすだろう。現実には「輸出から輸入へ」と貿易パターンが変化し、高い貯蓄率は低下し、貿易黒字は赤字へと向かい、日本企業の外国への進出と一方での国内市場の自由化をいっそう促すことになる。そして、日本企業の外国への生産拠点の移転によって、国の需要を満たす「大切な富」の多くが、外国へと流出すれば、「より積極的で明確な外交政策の実施」が不可欠となる。日本とアジア諸国とのつながりがより複雑になり特別化していけば、アメリカの安全保障利益とは必ずしも重なり合わない日本独自の利益認識が高まり、いずれ、日本は「外交と、そして必要なら、軍事領域でも、独自路線をとるようになるかもしれない」

開放路線下ですすむ労働者虐待

1997年5月号

アニタ・チャン 「チャイナ・ジャーナル」誌編集長、 ロバート・センサー  前米国務省在外公館付き労働問題担当顧問

中国の労働者の多くは、急速な経済成長の恩恵を受けることもなく、酷使・虐待されたあげくに、搾取されており、その不満は高まる一方だ。共産主義イデオロギーが崩れはじめたいま、国や共産党への忠誠心が労働者の不満を緩和させることもありえない。にもかかわらず、中国の指導層は「労働者たちのことを経済発展のための踏み台」と見なしつづけ、「国の発展のための青写真を考える際に労働者の立場など全く考慮されない」のが現実だ。労働者であるとともに、一方では市場における最大の集団でもある彼らに「自分たちの利益をアピールする自由さえ認められない」とすれば、この矛盾によって政府や企業と労働者の摩擦は間違いなく激化し、現状がつづくかぎり、大いなる社会不安が起きるだろう。ここでのシナリオは三つ、「弾圧」「段階的変化」あるいは「革命」である。

日本再生の鍵を握る「コーポレート・ジャパン」

1997年4月号

マイケル・ハーシュ 『ニューズウィーク』誌国際版 ビジネスエディター(論文発表当時)
E・キース・ヘンリー MITシニア・リサーチ・アソシエート (論文発表当時)

外国への投資が増大する一方で、国内投資が低迷するという日本における現象の一部は、グローバルマーケットの強い求心力、そして、円高と成熟した日本経済への企業の対応として純粋に経済理論で説明できる。だが、この現象は一方で、企業側の日本政府に対する鋭い批判でもある。日本企業が外国への投資を増やし、進出しているのは、もはや神通力を失った硬直的な日本の経済システムから脱出するためにほかならない。グローバル市場の力学を見極め、自ら「日本株式会社」の遺産を放棄したこれら日本の「マルチナショナル企業」は、世界市場で見事な成功を収めている。この事実は、「日本がついに国際的な没価値状況を脱し、世界の一部となりつつあること」、そして、日本のマルチナショナル企業がその先鞭をつけていることを意味する。「日本株式会社」ではなく、グローバル市場の力学に応じて企業形態やトランスナショナルな提携関係を再編し、構築する能力をもつ、こうした企業が、日本経済の今後の牽引役を果たしていくことになるだろう。

保護主義か、金融市場の規制か?

1997年1月号

ウィル・ハットン  オブザーバー紙・エディター

通貨市場の混乱やそれが引き起こす高金利に象徴されるような不確実性は、投資にとって疫病神のような存在である。そして、これらの不確実性がもたらす失業を減らしたり、さらには財政拡大を通じて保護主義圧力を軽減したりという試みに素早く懲罰を加えるのも、(これらの諸問題を作り出した張本人である)通貨市場である。自由貿易を維持しつつ、この悪循環を断ちきり、なおかつ世界の成長を再び燃え立たせるには、「金融市場を規制してそのスピードと力を削減する必要がある」。低い実質金利、長期的視野に立った投資、投機の減少、そして、実質投資と成長の増大を目的に、ドル、円、マルクの価値を安定的に維持することを中軸とする新たなブレトンウッズ体制を構築し、金融市場を規制する新たな枠組みをただちに導入する必要がある。さもなければ、「外貨を稼ぐのが重要なら、さっさと輸入を制限しろ」という悪魔のささやきが再び世界を席巻してしまうだろう。

優先すべきは「独仏通貨統合」

1997年1月号

リチャード・メドレー  イエール大学国際金融研究所副所長

ドイツはともかく、フランスがマーストリヒトで定められた通貨統合の加盟基準を目標日までにクリアできる可能性は低い。だが、基準をねじ曲げてフランスの参加を強引に認めれば、ヨーロッパは政治的・経済的な大混乱に陥るかもしれない。基準を曖昧にすれば、参加資格のない国々までがドサクサ紛れに統合へ参加する道を開いて通貨統合への政治的反対派勢力を勢いづけ、さらに、金融資本家たちが一斉にヨーロッパ債券を売り、出口に殺到する危険があるからだ。こうしたシナリオを回避するのに必要なのは、今回もヘルムート・コールのリーダーシップによる英断、つまり、「コール・ショック」である。「ある気持ちのよい土曜日の朝に、ドイツ・マルクとフランス・フランを永久的にリンクさせると発表する」ことで、独仏通貨統合をミニEMUとして既成事実としてしまうことだ。

欧州通貨統合という悪しき幻想

1997年1月号

ルディ・ドーンブッシュ
マサチューセッツ工科大学経済学教授

ヨーロッパ通貨統合が伴う最大のコストとは、為替変動がなくなると同時に、その調整機能も消滅してしまうことだ。為替レートの変動を通じた競争力や価格面での調節機能を放棄すれば、結局は、その帳尻合わせを労働市場に押しつけることになる。そうでなくても福祉国家のいきづまりときわめて深刻な失業問題を抱えるヨーロッパの労働市場にツケが回れば、結局は高金利と高い失業率を招き、問題は経済にとどまらず政治領域に拡大していく。「アメリカは通貨統合を懸念している。その理由は、通貨統合がリセッションを伴う危険を秘め政治的問題を招くために、過去の例と同じく世界の他の地域に高いコストを強いると考えられるからだ」。欧州通貨統合は悪質で危険な幻想である。

バーチャル国家の台頭

1996年10月号

リチャード・ローズクランス カリフォルニア大学政治学教授

いまでは「土地、資源、原材料という生産要素よりも、良質な労働力、資本、情報」をもっぱら重視する、「頭だけをもち体をもたない」ダウンサイズされたバーチャル企業とバーチャル国家が誕生しつつある。 領土獲得を目的とする侵略戦争はその意味も必然性も失いつつある。バーチャル企業は他の企業の生産施設を必要とし、バーチャル国家は他国の生産能力を必要とする。その結果、国家間の経済関係は、「特定地域にある頭と、別の地域にある体を結びつける神経のようなもの」になっている。こうした流れは国内政治と国際関係にどのような影響を与えるのだろうか?

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