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政治・文化・社会に関する論文

文明は衝突せず、融合している
―― 将来を悲観する必要はない

2016年5月号

キショール・マブバニ シンガポール国立大学 リー・クアンユースクール学院長
ローレンス・サマーズ  ハーバード大学名誉学長

昨今の欧米世界ではイスラム世界の混乱、中国の台頭、欧米の経済・政治システムの硬直化といった一連の課題に派生する悲観主義が蔓延している。とにかく欧米人の多くが自信を失ってしまっている。しかし、悲観主義に陥る理由はない。悪い出来事にばかり気を奪われるのではなく、世界で起きている良いことにもっと目を向けるべきだ。この数十年で非常に多くの人が貧困層から脱し、軍事紛争の数も低下している。とりわけ、世界の人々の期待が似通ったものになってきている。これは、グローバルな構造の見直しをめぐる革命ではなく、進化へと世界が向かっていることを意味する。現在のペシミズムの最大の危険は、悲嘆に暮れるがゆえに悲観せざる得ない未来を呼び込んでしまい、既存のグローバルシステムを再活性化しようと試みるのではなく、恐れに囚われ、欧米がこれまでのグローバルなエンゲージメントから手を引いてしまうことだ。

オバマは広島を訪問すべきなのか
―― 感情と理念と政治

2016年5月号

ジェニファー・リンド ダートマス・カレッジ准教授

日本人の多くは、米大統領が被爆地を訪問することで、アメリカが原爆使用という過去と正面から向き合う機会が作り出されることを願っている。すでにホワイトハウスは、日本の市民グループ、軍縮運動家、子供たちなどから、オバマ大統領の広島訪問を希望する手紙を何千通も受けとっている。大統領の広島訪問を待望する人の多くは、「重要なのは謝罪ではない」と考えている。だが、米大統領が広島を訪問すれば、結局は東アジア地域の厄介な歴史問題がさらに複雑になる恐れがある。アメリカ大統領が「被害者としての日本」という考えの中枢である被爆地を訪問すれば、韓国など、日本の近隣諸国の多くはそれを快く思わないからだ。しかもアメリカでは大統領選挙が控えている。大統領が、献花された石碑の前に立ち、黙祷を捧げるにはあまりにも騒々しい環境にあるのは間違いない。・・・・

サウジと米大統領選挙
―― クリントン、トランプ、リヤド

2016年5月号

ファハド・ナゼル JTG 政治分析者

「ジョージ・W・ブッシュ政権が残した(中東における)負の遺産を清算すること」を自らの中東における任務に掲げたオバマも、結局は負の遺産を次期米大統領に委ねることになりそうだ。シリア紛争への関与を躊躇い、イランとの核合意を模索したことで、サウジとアメリカの関係は極度に冷え込み、サウジでは、オバマは近年における「最悪の米大統領」と呼ばれることも多い。次期大統領候補たちはどうだろうか。サウジの主流派メディアは、イスラム教徒の(アメリカへの)移民を禁止することで「問題」を緩和できると発言したトランプのことを「米市民のごく一部が抱く懸念や不満を煽りたてる問題人物」と描写している。クリントンに期待するとしても、その理由は、彼女がトランプではないというだけのことだ。ますます多くのサウジ市民が、安全保障部門でのアメリカの依存を見直すべきだと考えるようになっている。・・・

CFR Events
流動化するサウジ
―― 原油、イラン、国内の不安定化

2016年4月号

バーナード・ハイカル プリンストン大学教授(近東研究)、カレン・エリオット・ハウス 前ウォールストリートジャーナル紙発行人

サウジの社会契約は石油の富による繁栄を前提にしており、(原油安が続き)民衆が望むレベルの繁栄を提供できなくなれば、政府は政治的に非常に困難な事態に直面する。原油以外の歳入源(経済の多角化)について、さまざまな議論が行われているが、これまでうまくいったことはない。・・・リヤドは、歳出を削減して民衆の反発を買うよりも、非石油部門の歳入を増やそうとしている。これまで膨大な浪費を続けた国だけに、節約で一定の資金を手許に残せるが、最終的には、痛みを伴う是正策が必要になるだろう。(K・E・ハウス)

サウジは、イランのことをイスラム国以上に深刻な脅威とみなしている。イランは非国家アクターを操り、イラクからシリア、レバノン、パレスチナ、イエメン、おそらくはバーレーン、さらには、サウジ東部のシーア派を含む、サウジ周辺の全地域(と国内の一部)で影響力を拡大しているからだ。リヤドは、地域的、あるいは中東全域の地政学的優位をめぐって、イランとのゼロサムの関係にあるとみている。(B・ハイカル)

ヨルダンとイスラム国
―― なぜヨルダンでは大規模テロが起きないか

2016年4月号

アーロン・マジッド アンマン在住ジャーナリスト

サウジアラビア、イラク、シリアとは違って、これまでのところヨルダン国内ではイスラム国による大規模なテロ攻撃は起きていない。国内のイスラム国関連の事件による犠牲者数は、多くて5人。ヨルダンの治安部隊、情報機関が洗練された高い能力をもっているとしても、それだけで「なぜヨルダンがイスラム国のテロを回避できているか」のすべてを説明するのは無理がある。おそらく他の中東諸国とは違って、ヨルダン政府が民意を汲み取る明確な姿勢をみせてきた結果、社会の混乱を抑え、テロのリスクを抑え込めたのかもしれない。「民主体制ではないが、ヨルダンはアラブ諸国のなかでも数少ない、市民が政府への要望や不満を表明できる国だ」。ヨルダンではアブドラ国王とムスリム同胞団はともに相手に対して寛容な立場をとっている。そこに問題への政治的解決策が存在することが、大がかりな社会的混乱も過激派テロもヨルダンで起きていない最大の理由ではないか。

日本の新しいリアリズム
―― 安倍首相の戦略ビジョンを検証する

2016年4月号

マイケル・オースリン アメリカン・エンタープライズ研究所 レジデントスカラー、日本研究ディレクター

日本の地域的役割の強化を目指し、民主国家との連携強化を試みるために、安全保障行動の制約の一部を取り払おうとする安倍首相の現実主義的な外交・安全保障路線は、北朝鮮と中国の脅威という地域環境からみても、正しい路線だ。たしかに論争は存在する。市民の多くが平和主義を求める一方で、識者たちは日本の安全保障に対する脅威を憂慮している。しかし、そうした社会的緊張には、孤立主義や介入主義といった極端な方向に日本が進むことを防ぐ効果がある。超国家主義が日本を近隣諸国に対する侵略と戦争へと向かわせた1930年代と違って、現在の日本は、アジアを豊かさと安定へと導く「リベラルなシステム」を強化し、擁護していくために、古い制約を解体しつつある。再出現した権威主義国家がグローバルな平和を脅かすような世界では、日本の新しいリアリズムが太平洋地域の今後10年を形作るのに貢献し、アジアを特定の一国が支配するような事態にならないことを保証する助けになるはずだ。

ヨーロッパの価値を救うには
―― イスラム系難民とヨーロッパ的価値の危機

2016年3月号

アレクサンダー・ベッツ オックスフォード大学教授 (国際関係論、強制移住策)

ヨーロッパ市民がイスラム系移民を歓迎していないのは事実だが、問題は、極右政党がこうした市民の不安につけ込んで、排外主義を煽り立てているのに対して、その他の政治的立場をとる政治家が、沈黙を守っていることにある。大衆がイスラム教徒に懸念をもつ社会環境のなかで、パリでの同時多発テロ、そしてケルンでの女性を対象とする性的暴行・強奪事件が起き、これがヨーロッパの難民問題の決定的なゲームチェンジャーとなった。だがヨーロッパにとっての真の問題は、市民がヨーロッパのイスラム教徒をどうみなすべきか、「難民や移民」と「テロリストや犯罪者」の区別をどうつけるかについて、政治家たちがビジョンを示してこなかったことにある。彼らは、選挙に悪影響がでたり、メディアにレッテルを貼られたりすることを懸念し、口を閉ざしてきた。こうして市民の反応は混乱し、思い込みに囚われるようになり、ヨーロッパの価値が脅かされている。・・・

近代化と格差を考える
―― 再び格差問題を政治課題の中枢に据えるには

2016年3月号

ロナルド・イングルハート ミシガン大学教授(政治学)

19世紀末から20世紀初頭にかけての産業革命期に、左派政党は労働者階級を動員して、累進課税制度、社会保険、福祉国家システムなど、様々な再分配政策を成立させた。しかし脱工業化社会の到来とともに、社会の争点は、経済格差ではなく、環境保護、男女平等、移民などの非経済領域の問題へと変化していった。環境保護主義が富裕層有権者の一部を左派へ、文化(や社会価値)に派生する問題が労働者階級の多くを右派へ向かわせた。そしてグローバル化と脱工業化が労働組合の力を弱め、情報革命が「勝者がすべてをとる経済」の確立を後押しした。こうして再分配政策の政治的支持基盤は形骸化し、経済的格差が再び拡大し始めた。いまや対立の構図は労働者階級と中産階級ではない。「一握りの超エリート層とその他」の対立だ。

東南アジアとイスラム国
―― アジアのジハード主義とイスラム国

2016年3月号

ジョセフ・チンヨン・リョー 南洋理工大学 国際関係大学院学院長

2016年1月14日、イスラム国によるテロがジャカルタで起きた。テロを計画したのは、数年前にシリアに向かったインドネシア国籍のバールン・ナイム。テロは「東南アジアにおけるイスラム国の指導者」を自任するナイムの主張を立証するための示威行動だったと考えられている。実際には、イラクやシリアのイスラム国指導者たちは、現状では東南アジアを拠点として重視していないし、イスラム国のイデオロギーが東南アジアで支持されているわけでもない。ジェマ・イスラミアとインドネシアのイスラム国支持派の対立は良く知られている。だが、二つの組織が、イデオロギー的に和解することはなくても、戦術的な同盟関係を結ぶ可能性は排除できない。分裂している親イスラム国支持グループを連帯させようとする動きもある。だが本当の危険は、イスラム国の出現によって、インドネシア国内のジハード主義集団や過激派のネットワークに、フィリピンやマレーシアの過激派が参加し、さらなる社会暴力が引き起こされることだろう。

生産年齢人口の減少と経済の停滞
―― グローバル経済の低成長化は避けられない

2016年3月号

ルチール・シャルマ モルガン・スタンレー インベストメント・マネジメント 新興市場・グローバルマクロ担当ディレクター

労働人口、特に15―64歳の生産年齢人口の増加ペースが世界的に鈍化していることは否定しようのない事実だ。生産年齢人口の伸びが年2%を下回ると、その国で10年以上にわたって高度成長が起きる可能性は低くなる。生産年齢人口の減少というトレンドで、なぜ金融危機後の景気回復がスムーズに進まないか、そのかなりの部分を説明できる。出生率を上げたり、労働人口に加わる成人を増やしたりするため、各国政府はさまざまな優遇策をとれるし、実際多くの国がそうしている。しかしそれらが中途半端な施策であるために、労働人口の増大を抑え込む大きなトレンドを、ごく部分的にしか相殺できていない。結局世界は、経済成長が鈍化し、高度成長を遂げる国が少ない未来の到来を覚悟する必要がある。

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