グローバリズムに高まる不安
1998年6月号
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1998年6月号
1998年6月号
経済グローバル化の潮流のなか、資本家たちは安定性、透明性を投資対象国に強く求め、投資を引きつけたい諸国も、ある程度はこれを理解している。そして、安定性、透明性、「説明責任」の鍵を握るのが「法の支配」の確立なのである。法改革がある段階で停滞し、特権的な銀行家、財界人、政治家がつくる閉鎖集団間の仲間内の取引をめぐる不透明な状況を取り除けなかったことが、アジア危機の背景として広く指摘されている。グローバル時代における「法の支配」確立の重要性は自明だが、単に法制度、法律を整備するだけでは十分ではなく、政府そして特権的指導者が自らも法の支配の下にあることを受け入れることが不可欠である。
1998年6月号
アジアの経済危機によって、今や「東アジア・モデル対アメリカ・モデル」の対立構図も色あせ、米モデルへの「収斂」論が優勢になっているだけでなく、経済を超えた政治・社会モデルの収斂化さえも議論されている。説明責任、透明性の面で米モデルに見劣りし、腐敗しがちなアジア型開発モデルが、危機の背景を提供したのは間違いない。だが、かといって民主主義や政治的自由の欠如が危機の深刻化を招いたとも断言できない。ひと口に民主主義といっても、そこに法の支配がなければ、優れた統治の障害となることもあり得るからだ。最終的にリベラルな民主主義をアジアが選択するとしても、それが米モデルの採用になると決めつけるのは、時期尚早である。
1998年5月号
今後、アジア経済が再び高成長路線へ転じる可能性は高く、石油を中心とするエネルギー需要もさらに高まってくるはずだ。これを背景に、アジア諸国間で緊張、資源競争が生じ、紛争が起きることを予見する専門家もいる。だが、国家が自国経済の舵取りを一手に管理しようと試みた時代から、市場力学、商業化、規制緩和、民営化が世界の経済思考を司る時代への移行が進んでいることを忘れてはならない。膨大なコストを要する資源開発インフラを整備するには、国際金融市場からの資金調達や、先端技術をもつ諸国との協調が不可欠である。エネルギー問題だけでなく、アジア経済の回復がどれだけすすむかを占うキーワードはここでも「市場、規制緩和、民営化」である。
1998年4月号
IMFは今回のアジア通貨危機に際して、緊急融資と引き換えに、各国政府に構造改革・制度改革という大がかりな改革プログラムを押しつけるという大胆な行動に出たが、この処方箋は結局は悪い結果を招く危険性が高い。国や企業が対外債務の返済ができなくなったとき、この問題を解決する主要な責任はあくまで「借り手、そして貸し手である銀行や債券保有者」にあることをIMFは再認識すべきである。アジア通貨危機の本質をIMFはどうして読み違えたのか。伝統的役割からの逸脱はなぜ起きたのか。
1998年3月号
アジア経済の混乱は、経済構造改革の手をつけやすい部分の移行が完了したことを示すにすぎず、必ずしも奇跡の終わりを意味するわけではない。だが、繁栄から取り残されてきた「もう一つのアジア」が抱える政治・経済問題、そして社会問題を解決せずして、今後の持続的成長は不可能である。新たな課題は何で、どのような選択をなすべきなのか。
1998年2月号
「ヨーロッパ内で戦争が起きるというシナリオ自体忌むべきものだが、それでも、まったくありえないとは断言できない」。EMU(欧州経済通貨同盟)と欧州政治統合がその帰結として伴う紛争の危険は、無視するにはあまりに真実味を帯びているのだ。金融政策の舵取りをひとり欧州中央銀行に任せれば、失業、インフレなどの面でそれぞれに異なる状況にある諸国に単一の政策が採られるようになり、各国の政府がこれにあまねく満足することはありえず、大きな紛争の種になるだろう。実際、経済政策をめぐる対立や国家主権への干渉が、歴史、民族、宗教に根ざす長期に及ぶ敵対感情を増幅しかねない。問題はそれだけではない。ソ連の脅威が明らかに消滅した以上、ヨーロッパと米国の外交、経済、安全保障上の立場の違いがいずれ表面化するのは不可避であり、より堅固な政治統合を導くようなEMUの発足はこうした傾向を間違いなく加速することになるだろう。
1998年2月号
「東南アジアの通貨危機はアジアの成長の終焉を示す兆候ではない」。通貨危機が適正に処理されれば、「アジア経済は二、三年のうちに再び高い成長率を取り戻すはずだ」。後発経済を先進諸国の成長のエンジンと連動させるために、多国籍企業の生産ラインとその技術を後発経済に取り込むことに見事に成功したからこそ、アジアは驚くべき経済成長を実現できた。アジアが、「制度・機構面での大きな制約(ゆえにではなく、)制約にもかかわらず、急速な成長を遂げた」ことを忘れてはならない。逆に言えば、アジア地域が直面する共通の一般的課題は金融統治(監督)システムの創設、そして、洗練された高所得国にふさわしい……法システムの導入なのである。「資本主義の諸制度を経済の急速なキャッチアップ・プロセスのための有効な手段にできることを証明してきた」アジアが、今後これらの課題に取り組んでいけば、西洋で誕生した資本主義システムのグローバルな有効性を実証しつつ、「二十一世紀初頭には世界の経済活動の中心地として再興隆しているだろう」
1997年7月号
「正統的共産主義」がすでに崩壊・解体しているにもかかわらず、ロシアと中国はいまだに新たなシステムを構築できずにいる。そのため両国では、国内ではナショナリズムが幅を効かせ、対外的には自国の主権や地位に過度に敏感な外交路線が採用され、こうした環境を背景に、「ウクライナと台湾が、世界でもっとも危険なスポット」として浮上してきている。大切なのは、国際社会が現状の変革に反対していることを明確に伝え、彼らの現状変革の試みを今後も先送りし続けるように仕向け、すでに定着しつつあるポスト冷戦秩序のなかに、この二つの国家をゆっくりと組み込んで行くことである。いまわれわれに必要なのは、厄介で他の存在を脅かすようなロシアと中国の行動パターンが永続的ではないことを認識した上での、「忍耐強さ」である。
1997年7月号
香港の今後をめぐるメディアの懸念は明らかに行き過ぎである。たしかに、主権の返還が制度面にとどまらない政治的混乱をある程度伴うのは避けられないだろうし、返還後の人権、政治システムについての中国の姿勢に世界のマスコミが懸念を募らせてもおかしくはない。だが、中国が香港を徹頭徹尾「経済都市」と捉えようとし、経済システムの多くを温存しようと努めていることを忘れてはならない。中国が「七月一日を期してすべてを破棄してしまおう」ともくろんでいるわけではない。事実、北京政府は「金の卵を生むガチョウとしての香港」が別個の行政・政治単位としての国際的地位を維持するのを認めているし、さらに、台湾の再統一を最終目標にしている中国は、「一国二制度」のテスト・ケースである返還後の香港がうまくいかなければ、最終目標の実現がさらに遠のいてしまうことを十分承知している。これこそ、中国が香港をめぐるこれまでの穏当な約束を尊重すると信じるに足る強力な理由である。香港の不安定化を詮索するのは、少なくとも現段階では「時期尚早」である。