1994年以降に発表された邦訳論文を検索できます。

政治・文化・社会に関する論文

外交官なき外交の時代

1997年12月

ジョージ・ケナン

政治権力の分散化、利益の多様化は、外交組織にも大きな衝撃を与えている。いまや、国務省を迂回して国際交渉がなされることも珍しくなく、かつては国務省の人間とわずかばかりの武官だけがいた海外の大使館でも、国務省の職員や外交官はむしろ少数派である。さらに、州や利益団体までもが海外にオフィスをもち、多国間交渉の場には、相手国の立場や意向すらわきまえていない国務省とは無関係の代理人が送り込まれることも多い。だが、これは急速に変貌する社会や経済の反映であり、むしろ問題は、国家を代弁するのとは異なる次元で活動する多種多様な単位が登場したり、本来国家とは呼びえない資質しかもたない政治単位が国家として対外的に活動していることだ。この外交の混乱をうまく整理し、それぞれに適切な役回りを与えるルールを確立させることこそ急務であろう。

中国・ロシアを国際秩序に組み込む道

1997年7月号

マイケル・マンデルバーム  外交問題評議会・東西関係プロジェクト議長

「正統的共産主義」がすでに崩壊・解体しているにもかかわらず、ロシアと中国はいまだに新たなシステムを構築できずにいる。そのため両国では、国内ではナショナリズムが幅を効かせ、対外的には自国の主権や地位に過度に敏感な外交路線が採用され、こうした環境を背景に、「ウクライナと台湾が、世界でもっとも危険なスポット」として浮上してきている。大切なのは、国際社会が現状の変革に反対していることを明確に伝え、彼らの現状変革の試みを今後も先送りし続けるように仕向け、すでに定着しつつあるポスト冷戦秩序のなかに、この二つの国家をゆっくりと組み込んで行くことである。いまわれわれに必要なのは、厄介で他の存在を脅かすようなロシアと中国の行動パターンが永続的ではないことを認識した上での、「忍耐強さ」である。

変貌するテレビ国際ニュース

1997年6月号

ゲーリック・アトリー 前NBC、ABCニュース海外特派員

テクノロジーの発展とともにケーブル・衛星放送のテレビ報道部門への参入が起こり、ニュース報道は大きく様変わりした。従来型のネットワークニュースの国際報道が低迷する一方で、いまでは「ビジネス資本」が所有するケーブル、衛星放送が台頭しているだけでなく、ネットワークニュース部門へも商業資本が参入している。だが、ニュース報道を純粋にビジネスと捉えれば、必然的にジャーナリストのエトスや使命感と衝突を起こす。例えば、「ABCを所有するディズニー社が上海か香港の郊外にディズニー・ワールドを建設するつもりであるなら、レポーターたちは、中国政府の徹底的な腐敗調査報道ができるだろうか」。さらに一方では、インターネットに代表される情報革命が、情報の即時化、高度化、多角化を加速しており、レポーターたちは、今後奥深い専門知識の蓄積によってその資質を問われることになるだろう。グローバル化に伴う情報の多様化や高度化という利得が、これまで社会的一体感を醸成してきたネットワークニュースの衰退という損失を上回るのか、それとも・・・。

高齢社会が変える日本経済と外交

1997年6月号

ミルトン・エズラッティ ロードアベットパートナー(論文発表当時)

日本の人口高齢化は、現役労働力の生産能力の低下と増大する年金生活者の消費需要の不均衡を軸に広範な国内緊張を引き起こし、これが日本の対外政策にも余波を及ぼすだろう。現実には「輸出から輸入へ」と貿易パターンが変化し、高い貯蓄率は低下し、貿易黒字は赤字へと向かい、日本企業の外国への進出と一方での国内市場の自由化をいっそう促すことになる。そして、日本企業の外国への生産拠点の移転によって、国の需要を満たす「大切な富」の多くが、外国へと流出すれば、「より積極的で明確な外交政策の実施」が不可欠となる。日本とアジア諸国とのつながりがより複雑になり特別化していけば、アメリカの安全保障利益とは必ずしも重なり合わない日本独自の利益認識が高まり、いずれ、日本は「外交と、そして必要なら、軍事領域でも、独自路線をとるようになるかもしれない」

日本再生の鍵を握る「コーポレート・ジャパン」

1997年4月号

マイケル・ハーシュ 『ニューズウィーク』誌国際版 ビジネスエディター(論文発表当時)
E・キース・ヘンリー MITシニア・リサーチ・アソシエート (論文発表当時)

外国への投資が増大する一方で、国内投資が低迷するという日本における現象の一部は、グローバルマーケットの強い求心力、そして、円高と成熟した日本経済への企業の対応として純粋に経済理論で説明できる。だが、この現象は一方で、企業側の日本政府に対する鋭い批判でもある。日本企業が外国への投資を増やし、進出しているのは、もはや神通力を失った硬直的な日本の経済システムから脱出するためにほかならない。グローバル市場の力学を見極め、自ら「日本株式会社」の遺産を放棄したこれら日本の「マルチナショナル企業」は、世界市場で見事な成功を収めている。この事実は、「日本がついに国際的な没価値状況を脱し、世界の一部となりつつあること」、そして、日本のマルチナショナル企業がその先鞭をつけていることを意味する。「日本株式会社」ではなく、グローバル市場の力学に応じて企業形態やトランスナショナルな提携関係を再編し、構築する能力をもつ、こうした企業が、日本経済の今後の牽引役を果たしていくことになるだろう。

優先すべきは「独仏通貨統合」

1997年1月号

リチャード・メドレー  イエール大学国際金融研究所副所長

ドイツはともかく、フランスがマーストリヒトで定められた通貨統合の加盟基準を目標日までにクリアできる可能性は低い。だが、基準をねじ曲げてフランスの参加を強引に認めれば、ヨーロッパは政治的・経済的な大混乱に陥るかもしれない。基準を曖昧にすれば、参加資格のない国々までがドサクサ紛れに統合へ参加する道を開いて通貨統合への政治的反対派勢力を勢いづけ、さらに、金融資本家たちが一斉にヨーロッパ債券を売り、出口に殺到する危険があるからだ。こうしたシナリオを回避するのに必要なのは、今回もヘルムート・コールのリーダーシップによる英断、つまり、「コール・ショック」である。「ある気持ちのよい土曜日の朝に、ドイツ・マルクとフランス・フランを永久的にリンクさせると発表する」ことで、独仏通貨統合をミニEMUとして既成事実としてしまうことだ。

The Clash of Ideas
「冷戦の終焉」と旧秩序の再発見

1996年7月号

ジョン・アイケンベリー
ペンシルバニア大学・准教授

冷戦の終結は、封じ込め秩序の終わりではあっても、戦後秩序全般の終焉ではなかった。封じ込めの秩序の影に隠れあまり重視されるいこともなかった、大西洋憲章にその起源をもつ開放的な戦後経済体制はいまも健在で、これを中核とする戦後の「民主的でリベラルな秩序」は、共産主義の崩壊によって、むしろ強化されつつある。事実、民主的でリベラルな秩序と、冷戦期の西側秩序が異なっているとすれば、現在の秩序がよりグローバルなものになっていることだ。必要なのは、冷戦後の新秩序を夢見てその構築を試みることではなく、一九四〇年代以来の民主的でリベラルな秩序を維持・強化すべく、その歴史的ルーツとこれまでの成果をたどり、これを、現状に符合するように再調整することではないか。

感染症という名の新たな脅威

1996年3月号 

ローリー・ギャレット 『ニューズデイ』紙医学・科学担当記者

さまざまな抗生物質・薬品に対する耐性を備えた遺伝子をもつプラスミドの登場とともに、感染症という侮れない脅威が再び猛威をふるいだしている。人間が細菌・ウイルスに対抗していくために必要とする抗感染症薬という兵器庫は、新たな環境につねに変化・適応する細菌という脅威の前には、非現実的なまでに貧弱だ。さらに悪いことに、都市化、地球規模での人口移動の波は、人間の行動パターンだけでなく、細菌と人間のエコロジカルな関係も劇的に変化をさせている。性交渉によって感染が拡大し、しかも都市部のブラック・マーケットで抗菌薬・抗生物質が入手できるために、貴重な薬品が乱用・誤用され、その結果、新たな耐性菌や寄生虫が誕生している。耐性菌やウイルスの脅威に加え、生物兵器戦争を目的とした毒性の強い細菌をつくりための遺伝子研究さえ行われているのが現実だ。われわれは、感染症を「安全保障上の明確な脅威」ととらえ、これに対抗すべく、医学、法律、社会、経済的観点からの包括的な方策を模索していかなければならない。

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