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2009年7月号 経済危機も北朝鮮危機も長期化し、 世界は分断化される?

2009-07-10

憂鬱な経済予測、変化する秩序

日本政府は6月の月例経済報告で、2008年秋からの急激な景気の落ち込みは「底を打った」との判断を示した。

しかし、6月号でジョセフ・ナイが指摘しているように、重要なのは今後どのような展開になるかだ。回復曲線はV、W、Lのいずれをたどるのか。

これによって、世界経済だけでなく、米中関係、日米中間の力学、今後の経済モデルとシステム、そして地政学秩序が左右されると多くの専門家が指摘している。

バブル崩壊後の日本は景気の悪化が底を打って以降も10年間不況が続いた。L字の下の部分が右に長く伸びたことになる。元米財務副長官のロジャー・アルトマンは、世界経済全般についてすでにリセッションは「底を打っているかもしれないが、今後3年間はいやになるほどゆっくりとした成長しか期待できない」と言う。この間に、中国とアメリカを中心に世界の地政学秩序に大きな変化が起きる、というのがアルトマンの主張だ。(注1)

マサチューセッツ工科大学のエコノミスト、ロバート・マッドセンは「アメリカのGDPが2010年には年率3・2%で成長し、その後成長率が4%近くにまで上昇していく」とするホワイトハウスの見方を「失笑ものだ」と退け、それどころか、いまや「世界全体が、日本が経験したような失われた10年に陥るかどうかの瀬戸際にある」と指摘している。一方で経済ジャーナリストのリチャード・カッツは、米経済が、日本がかつて経験したような長期的な不況に悩まされることはあり得ないと述べている。(注2)

6月号と今月号に掲載した一連の経済・金融危機関連論文の議論からみても、世界経済(そして中国経済)の現状と今後をどう捉えるかは、まだ専門家の間でも明確なコンセンサスはないようだ。だが、一方でますますはっきりとしてきた点もいくつかある。

1.これまで旺盛な消費を示してきたアメリカ市場が短期間で立ち直りを見せるとは考えにくく、このために、(中国や日本のような)外需依存型、輸出主導型経済の先行きも不透明だ。欧米とくにアメリカ市場の需要が大きく落ち込んでいる以上、輸出主導型経済国も内需依存型経済への転換を段階的に図っていかないことには長期的な展望は見えてこない。(注3) 2002年後半からの日本経済の回復は、おもにアメリカと中国の経済成長による輸出需要増によって支えられていた。その結果、アメリカ経済が金融危機によって失速すると、日本経済もそれに引きずられるように衰退を余儀なくされている。日本経済の今後は国内の財政出動、そして中国やアメリカ市場の需要増にその多くを依存している。が、アメリカ経済がV字回復するとは期待できないし、復調の兆しがみえる中国経済にしても今後に向けた北京の意図がはっきりしない。

2.しかも、今回の経済危機は「グローバル化(人、モノ、資本の自由な流れ)の衰退」と重なりあってしまっている。(注4) グローバル化の衰退トレンドは、保護主義が各国で高まっていることからみても、経済危機によって取引が減少しているという理屈だけでは説明できない。しかも、今回の金融・経済危機を引き起こした原因はアメリカの行き過ぎた規制緩和が誘発した住宅市場バブルの発生と崩壊にあるとみられている。このために、市場経済資本主義モデルへの信頼そのものが廃れ、「グローバル化は有害だ」という認識が高まっている。加えて、現状では中国、ロシア、途上国だけでなく、先進国においても経済に占める政府の役割が大きくなり、国家資本主義的な路線、グローバル化に逆行する思想が世界的に台頭している。(注5)

3.一方、「グローバル・インバランス」とバブル発生のメカニズムについては、「日本や中国などの「倹約国家」での(老後に備えた)貯蓄が増大し、途上国が金融・通貨危機に備えるために外貨準備を大幅に増やし、資源保有国が資源価格の高騰で大規模な資金を手にした結果、国際資本市場に流れ込む資金が急増し、これがアメリカを中心とする「浪費的国家」の過剰消費に拍車をかけた」とみなすのがいまや欧米、とくにアメリカでは一般的になってきている。 これに対して、他の世界では、アメリカにおいてでたらめな住宅ローン融資が行われ、それが証券化されていったことが危機を誘発した直接的な原因だと考えられている(注6)   イアン・ブレマーは、こうした認識の違い故にG20は国際協調の場ではなく、金融危機がなぜ引き起こされたか、危機の再発を防止するにはどうすればよいかについての(市場経済国と国家資本主義国間の)異なる解釈がぶつかりあう場になると予測している。

不可避だとはいえ、アメリカを始めとする各国政府が経済対策に政治的思惑を込めているために(注7)、経済対策をめぐる国際協調はうまく進展していない。必然的に保護主義トレンド、グローバル化の衰退というトレンドは今後ますます深刻になっていくかもしれない。

アルトマンは世界的にみても循環型の景気回復は期待できず、「世界が分断化されていく」恐れさえあると指摘している。

こう考えると、フィリップ・ゼリコーが6月号で指摘したように、今後の世界がどのような方向へと向かうか、その鍵を握るのはやはり潤沢な資金をもつ中国ということになるだろう。

「世界にバランスよく資本を振り分けるとともに、グローバルな経済を刺激できるような内需を作り出す役割を中国が引き受けるかどうか」が、今後を左右する大きなファクターになると考えられている。そして、中国がこの役目を引き受ければ、多くの専門家が指摘するように、中国のパワーがアメリカのパワーに大きく近づくか、凌駕することになるかもしれない。(注8)

イランの権力ドラマと変化した北朝鮮の目的

経済危機を別にしても、世界は新型インフルエンザの第2波に襲われる危険、(注9) そしてイランと北朝鮮の核問題、パキスタンとアフガニスタンが破綻国家と化すリスクに直面している。

イランでは大統領選挙後の混乱をきっかけに壮大な権力ドラマが展開されている。

イラン研究の第一人者として知られるカリム・サジャプアーは、現在イランで起きていることは、宗教指導層を含むイラン社会の多くの人々が、「全ての決断を下しながらも説明責任を果たさない」最高指導者ハメネイのやり方には「もはや我慢がならない」と感じ始めたことが背景にあると説明している。

革命防衛隊も宗教指導者も一枚岩ではないし、ムサビ元首相だけでなく、改革派の重鎮ラフサンジャニも反ハメネイ路線を明確に打ち出している。「ハメネイは、その再選を政府が公表しているアフマディネジャド大統領を生け贄にするか、自ら船を降りるかどうかをいずれ決めなければならなくなる」と彼はコメントしている。(注10)

北朝鮮情勢にも変化がみられる。北朝鮮は2009年5月下旬に二度目の核実験を行い、6月中旬にはウラン濃縮への着手を表明し、さらにミサイル実験を行う準備をしていると報道されている。一方で、金正日の三男の正雲が後継者に指名されたのはほぼ間違いないようだ。

この一連の流れの意味合いをめぐって4人の専門家が「北朝鮮の核、権力継承、経済制裁、外交交渉の行方」を今月号で検証している。

北朝鮮の権力継承について、2009年3月号で①管理されたスムーズな権力継承②権力抗争―社会崩壊―中韓への難民流出③権力継承プロセスの破綻―中韓の介入、という3つのシナリオについて分析したポール・スターレスは、「権力継承プロセスは長期化し、うまくいってもそれが完了するのは2013年になる」という見方を今月号の分析で紹介している。(注11)

特筆すべきは、最近のCFRミーティングで、ウィリアム・ペリー元国防長官、ブレント・スコークロフト元国家安全保障保担当大統領補佐官がともに、北朝鮮の目的がすでに「核保有国としての地位を手に入れること」へと変化していると明言していることだ。

ペリーは強制措置をとらないことには、こうした北朝鮮の目的を変化させることは難しいと述べている。6者協議という外交枠組みの位置付けも当然変化してくるだろう。現在言われている5者協議よりも、実質的には米朝二国間協議が最優先されることになるのかもしれない。

「核のない世界」

オバマ大統領は2009年4月に「核のない世界」の実現に向けて努力する、と歴史的な宣言を表明したが、北朝鮮やイランの例を引くまでもなく、現実の世界では核の拡散が進んでいる。

北朝鮮が核兵器や核関連物質を流出させ、拡散させることが最大の脅威だとみなすウィリアム・ペリーは、そこには、核開発に向けた北朝鮮モデルがすでに存在すると言う。「北朝鮮は国際社会の意向を無視して核開発を進め、それでも大きな制裁の対象にはされてこなかった。この経緯をイランが見守っていたのは間違いない。そして、北朝鮮とイランが核開発を進める様子を、少なくとも世界の5~6カ国が模倣すべきモデルとして注目している」

こうした現実からみても、抑止力を維持して危険に備えつつ、「核のない世界」の実現に向けて努力していくのは容易ではない。

ペリーは「核のない世界」を彼が支持する理由について次のように述べている。「核のない世界の実現に向けて努力しても、イランや北朝鮮の行動を変えることはできないだろう。だが、イランや北朝鮮に対処していく上でその協力が必要な諸国の支持を得ることができる」

一方、「核のない世界」に懐疑的なブレント・スコークロフトは、仮に魔法のように世界から核を消し去ることができたとしても、「核のない世界」はより危険な世界になると言う。「それがどのようなものかは20世紀前半の歴史が実証している」と指摘する彼は、むしろ、核が使用されないようにするための体制を整備すべきだと主張している。(注12)

分断化する世界

イランと北朝鮮だけでなく、核保有国であるパキスタンでタリバーンが政府を転覆させれば、タリバーンが支配し、しかも核兵器を持つパキスタンが、インドという核保有国、そして極度の混乱のなかにあるアフガニスタンの隣に誕生することになる。

だが、「各国が経済危機への対応に気を奪われるなか、この問題に対処しようと真剣に取り組んでいるのはアメリカだけだ」とアルトマンは嘆いている。

経済領域だけをみても、イギリスのブラウン首相が2009年3月号で指摘したように「経済金融危機がグローバルな危機であるのに対して、その対応は国単位で実施されている」というのが現実だ。(注13)。

経済対策をめぐる国際協調が切実に必要とされていることは、最近のG20でこれが重要アジェンダとして取り上げられたことからも明らかだが、結局、合意は成立しなかった。

先進国と途上国間の国際協調フォーラムとしてのG20の先行きはすでに危ぶまれているし、台頭する中国やインドがメンバーに入っていないG7(8)も有効な国際協調のフォーラムとしての役目を終えつつある。

「核のない世界」というビジョンをアメリカの大統領が口にしたことは画期的な出来事だし、これを軸に米ロの大国間関係は一部で修復されていくのかもしれない。だが、経済危機のなか、保護主義と反グローバル化がこのまま衰退していけば、経済領域だけでなく、政治・外交領域での国際協調も全般的に廃れていくことになる。

景気の悪化は底を打ったかもしれないが、世界の指導者の英知が問われるのはこれからだろう。流れに身を委ね、状況対応型の施策に各国が終始するとすれば、国際通貨基金(IMF)がすでに警告しているように、世界の多くの地域は紛争で覆い尽くされ、アルトマンが懸念するように世界は分断されてしまうかもしれない。●

(竹下興喜、フォーリン・アフェアーズ・ジャパン)

※注

注1 「経済危機の長期化は避けられない」 ロジャー・C・アルトマン、 「グローバル金融危機と地政学秩序の再編――欧米の衰退と中国の台頭」 ロジャー・C・アルトマン(フォーリン・アフェアーズ日本語版 2009年1月号)
注2 「論争 グローバル経済危機はいつまで続くのか」 ロバート・マッドセン、リチャード・カッツ
注3 「中国経済は日本経済の救世主になれるか」 B・クライン
注4 「経済危機の長期化は避けられない」 ロジャー・C・アルトマン
注5 「国家資本主義の台頭と市場経済の終わり?」 イアン・ブレマー(フォーリン・アフェアーズ・リポート6月号)
注6 「危機は長期化しかねない状況にある」 ロバート・マッドセン、 「経済危機の長期化は避けられない」 ロジャー・C・アルトマン
注7 「金融危機の教訓」 ベン・ステイル
注8 「金融危機後の日米中関係と世界経済」 ジョセフ・ナイ、フィリップ・ゼリコー(フォーリン・アフェアーズ・リポート2009年6月号)、 「保護主義の台頭と地政学リスクを考える」 ウォルター・ラッセル・ミード(フォーリン・アフェアーズ・リポート2009年3月号)
注9 特集 「新型インフルエンザはなぜ脅威なのか」 ローリー・ギャレット、デビッド・オスタホルム(フォーリン・アフェアーズ・リポート2009年6月号)
注10 「イランで展開される劇的な権力ドラマの内幕」 カリム・サジャプアー
注11 「4人の専門家が分析する北朝鮮の核、権力継承、経済制裁、外交交渉の行方」 チャールズ・ファーガソン、ポール・B・スターレス、デビッド・C・カング、チャールズ・プリチャード
注12 ウィリアム・ペリー、ブレント・スコークロフトが語る「『核のない世界』と核拡散という現実」
注13 「グローバル経済の危機と機会」 ゴードン・ブラウン(フォーリン・アフェアーズ日本語版2009年1月号)

(6月号の表記ミスの訂正とお詫び)
2009年6月号P.18の「家長三朗」は正しくは「家永三朗」でした。 お詫びして訂正いたします。
フォーリン・アフェアーズ・ジャパン編集部
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