
1994年以降に発表された邦訳論文を検索できます。
2011年6月号
危機に直面したユーロ経済を前に、ドイツはユーロ参加国にさらに厳格な歳出削減を制度化するように求め、2011年3月に各国は、ドイツ同様に、歳出削減措置を国内で法制化し、これを憲法に盛り込むことに合意した。だが、厳格な歳出削減措置は、ヨーロッパ経済に短期的なダメージを与えるだけでなく、長期的にはEUの政治基盤そのものを揺るがしかねない。いかなる政治制度も、有権者に経済の調整コストを繰り返し負担させながら正統性を維持していくことなどできないからだ。金本位制下の国家はまさしくこの轍を踏んで失敗した。厳格な歳出削減策で何とか債券市場を安定させることに成功しても、すでに損なわれているEUの政治的正統性がさらに損なわれれば、EUそのものが存続のリスクにさらされる。将来の経済危機のリスクを最小化し、経済危機に陥ったときに政治的に維持できない厳格な緊縮財政をとらないで済むような長期的な制度を導入するために、ヨーロッパは再びケインズに学ぶ必要がある。
朝鮮半島は依然として緊張している。北朝鮮は、早ければ2011年の夏にも3度目の核実験を実施する可能性があるし、韓国に対してさらに大きな攻撃をする恐れもある。北朝鮮は、「おとなしくしているかと思えば、次に挑発行動をとるというサイクル」で動いていることを忘れてはならない。一方、韓国では、チョンアン号事件、ヨンピョン島砲撃事件以降、政府だけでなく、市民も北朝鮮に対する強硬路線をとるように求めるようなった。すでに、韓国が核開発を試みるべきかどうかも議論の俎上(そじょう)に載せられている。独自に核開発を試みるべきか、あるいは、アメリカの戦術核の再配備を求めるかどうかをめぐって熱い論争が起きている。かたや北朝鮮はますます核兵器を維持していく路線を固めつつある。リビアでの事態の展開が、核兵器が必要だとみなす金正日の確信をいっそう強めていると考えられる。実際、リビアをNATOが空爆した後、北朝鮮政府は、リビアのケースは「核を解体すれば、いかに危険な事態に直面するかの具体例だ」と表明している。
2011年6月号
新指導層への権力移行プロセスがすでに始まっていることと、おそらく関係があるかもしれないが、中国はなぜ2年ほど前から対外的な強硬路線に転じたのか、その理由はいまもはっきりしない。だが、その悪影響が北東アジアのパワーバランスを微妙に変化させている。北朝鮮がチョンアン号を撃沈したときも、ヨンピョン島を砲撃したときも、中国が北朝鮮の行動を批判しなかったために、中韓関係は大きく冷え込んでいるし、日本との関係、ベトナムとの関係も依然として緊張している。一方で、クリントン長官が批判したように、中国は国内での人権弾圧を強めている。次期国家主席と広くみなされている習近平は、年内にワシントンを訪問する予定だが、ナショナリズム志向が強いと警戒されている部分もある。米中の軍事関係も経済関係もスムーズとは言えない。・・・「米中関係はすばらしく良好になることは決してあり得ないが、崩壊することもない」という朱鎔基の発言は、いまも現実を言い当てている。
2014年11月号
オサマ・ビンラディンのことを、作戦には関与しないシンボリックな指導者だとみなす考えは間違っているし、彼のことをグローバルなジハード主義の精神的支柱とみなすのも間違っている。たしかに、アルカイダ内においてビンラディンは首長、最高司令官として尊敬され、その命令にメンバーたちは従った。だが、殺害される前から、ビンラディンの権威とリーダーシップはすでに失墜しつつあった。アルカイダのテロリストのなかには「ビンラディンは権威主義的だし、イスラム教が求める「協議」の精神を忘れている」と公然と批判する者さえいた。ビンラディンはレトリックを弄するのはうまいが、傑出した思想的ビジョンの持ち主ではなかった。だからこそ、今後、他の指導者たちがビンラディンの役割をスムーズに担っていくと考えてもおかしくはない。・・・・
2011年6月号
数百発の核弾頭を保有し、インドとの火種を抱え込み、世界でもっとも危険なテロリストを国内に抱え込んでいるパキスタンを、将軍たちの好きにさせるのは余りに危険すぎる。パキスタン軍は、内外のあらゆる事態をインドとのライバル関係というレンズでとらえる習性を持っており、これがパキスタン軍の考えと行動を規定している。ザルダリ大統領率いるパキスタン人民党(PPP)、シャリフ率いるパキスタン・イスラム同盟(PML―N)のような文民政党は、概して、軍の陰で政治を行っているようなものだ。政治家を全く信用せず、「国が安定するか、カオスに陥るかを左右するのは自分たちだけだ」と自負している軍は、政治家がうまく統治を行っていないとみるや、政治に介入してきた。だが、そのためにパキスタンの文民制度が損なわれ、代議制が根付くのが阻まれ、国内に大きな亀裂が作り出された。文民による政府機関と軍事組織間のパワーの不均衡を是正しない限り、パキスタンの安定は実現しない。
フクシマ原発に壊滅的ダメージを与えた地震とツナミは、世界における原子力エネルギーへの関心の高まりに一気に冷水を浴びせかけた。相対的に生産コストは高いが、二酸化炭素をほとんど排出しない点が評価されてきた原子力による電力生産も、フクシマでの原発危機をきっかけに、安全基準や危機管理対策への再検証が進められ、原発推進計画そのものが見直されつつある。ドイツは、7基の(旧式)原子炉を閉鎖しただけでなく、2020年まで他の原子炉の使用期間を延長する計画のすべてを凍結した。イタリアも原子力開発のモラトリアムを延長し、他のEU諸国も原子力発電計画の見直しを行っている。専門家のなかには、「原子力が危険なテクノロジーであることが再認識された以上、いくらその安全性をエネルギー政策の会議で説いたところで、人々は納得しない」と明確に指摘する者もいる。たしかに、よりすぐれた安全機能や冷却装置を備えている新型の原子炉なら、大気への放射能拡散を引き起こした問題の一部を回避できるかもしれないが、どの程度の耐震機能を持っているかという点では疑問が残る。しかも、原子力は放射能の拡散リスクに加えて、核廃棄物、核兵器拡散のリスクも伴う。だが、地球温暖化に配慮する必要もあるし、新興国の電力需要の増大も考慮しなければならない。今後当面は、ジョン・ダッチが指摘するように化石燃料から再生可能エネルギーへのつなぎエネルギーとして、天然ガス、とくに液化天然ガスが注目されるようになるのかもしれない。
エジプト、リビア、チュニジア、バーレーンなど、外国の原子力企業となんらかの合意を交わしていた中東・北アフリカ諸国政府は、政治的混乱のなかですでに倒れるか、政権の存続を脅かすような国内的混乱に直面している。現状では比較的安定しているヨルダンやサウジアラビアなどでもデモは起きているし、同様に、将来において、国内が極度の混乱に陥っていくリスクは存在する。・・・中東・北アフリカ情勢が混乱し、しかも、フクシマ原発危機が収束していないこともあって、ワシントンは、数億ドル規模の資金をもたらすとはいえ、北アフリカ・中東諸国の原子力施設建設契約にしだいに否定的になっている。実際、今後の紛争において、原子力施設が後方攪乱の対象にされれば、これまでの紛争の象徴とみなされてきた「炎上する油田の煙」が、「市民生活の拠点である都市、水や食糧の供給を汚染する放射性降下物」にとって代わられていくかもしれない。・・・
2011年5月号
日本が復興への道をたどり始める第一局面までは現政権が職責を維持するのかもしれない。だがこの局面を過ぎれば、日本の市民は指導者に対してこれまでとは異なるレベルの政治手腕を求めるようになるだろう。民主党、自民党を問わず、若手の閣僚や政治家たちは、地震とツナミ災害後、決意を示すとともにバランス感覚を発揮し、従来の政治家とは一線を画す行動をみせ始めている。歴史的にみても、日本では危機に直面すると、狼狽している長老政治家を尻目に若手が大胆な行動をみせる下克上によって時代が形作られてきた。いまや日本は、そのような時代を再び迎えつつある。・・・災害に襲われ苦難のなかにあるとはいえ、高い志をもつ若手の政治家世代が自分たちの出番を待っていることを忘れてはならない。