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2004年5月号 テロに揺れる世界システム

2004-05-10

イスラエル軍がハマスの指導者を二度にわたって殺害した事件が世界的に大きな問題となっている。テロリストの活動によって、そしてテロの脅威にさらされていると感じている国が予防的にとる行動によって既存の国際ルールが大きく揺らぎ、世界的な論争がすでに何度も起きている。問題は何をめぐって論争が起きているかだ。イスラエルやアメリカの単独行動、先制攻撃をめぐって論争が起きているのか、それとも、「テロの脅威をどのようにとらえ、どのように対処すべきか」という本質的な認識をめぐって世界は割れているのか。世界、特にテロの標的とされる恐れのある国々がテロの脅威を定義し、それにどう対処するかについての行動基準をつくらない限り、感情論が先行し、現実を前に進めるような本質的な議論を成立させるのは難しいのかもしれない。
ケネス・ロス(ヒューマン・ライツ・ウオッチ事務局長)は「境界線のない戦争」で、テロとの戦いを戦争とみなして戦時ルールを発動し、テロの容疑者を、「殺害したり、無期限で戦争が終了するまで拘束したりできる」敵の戦闘員とみなすことの危うさを指摘し、曖昧な情報に依存せざるを得ないテロとの戦いにおいて「誰をどのような基準で敵の戦闘員とみなすのか」と問いかける。対テロ「戦争」という大義名分の下で、アメリカとイスラエルは「戦時ルール」を乱用していると批判するロスの主張は、「テロにどう対処するか」の行動基準についての国際法の観点からの明確な指針、議論の基盤を示している。
一方、ヘンリー・キッシンジャーは、米欧関係に関するCFRリポートのプレス・ブリーフィング(「キッシンジャーとサマーズが描く米欧関係の未来像」で、アメリカとヨーロッパの対立は、「ソビエトという脅威の消滅」「アメリカとヨーロッパでは異なる受け止められ方をした9・11」、そして「9・11以降の安全保障政策の再定義」がつくり出した「構造的変化」、つまり、現在の「国際システムに内在する問題」に派生するもので、ブッシュ政権の行動が原因ではないと強調する。「目先の戦術ではなく、国際システムをどうするのかという大局的な立場に立って、状況を前へ進めるのを阻むものが何なのかを検討すべきだ」と強調するキッシンジャーは、そうした障害の一つが先制攻撃や予防攻撃に反対する(戦術)論争だと批判し、むしろ「今後も必要になる可能性の高い」先制攻撃、予防攻撃、さらには核拡散防止や破綻国家対策についての「行動原則」を国際的に定義し、米欧が共有することを提案している(八~九ページ)。
「失うものもなく、目的も明らかにしない集団に対して、核抑止や外交といった冷戦期の伝統的な政策路線の一部は効果がない。必要なら軍事力を単独ででも行使する必要がある」とみなす点では、共和党系のキッシンジャーと、クリントン政権の国家安全保障問題担当大統領補佐官を務めたサミュエル・バーガーの間に立場の違いはない。だが、ケリー候補の外交顧問を務めるバーガーは、米民主党による事実上の外交プラットホームの表明である「民主党大統領で米外交は変わる」で、アメリカの国益だけでなく、「他国と共有できるような広範な目的」のためにパワーを行使すべきだと強調する。「すべてのテロリズムは悪だが、テロリズムだけが悪ではない」ことをアメリカが理解していること、つまり、世界の途上国の多くの人々にとって、最大の脅威はアルカイダではなく、貧困、疾病、環境破壊であることをアメリカが理解していることを示す必要がある。「テロが彼らにとっての問題でもあるとわれわれが考えるのなら、われわれもこうした悲劇を真剣に考えなければならない」と彼は指摘している。
イラク問題については、現状分析、中期的展望、歴史的考察をそれぞれ示した「イラクの衝撃」「政治制度とイラク民主化の行方」「シーア派の歴史とイラクの未来」を掲載している。いずれも充実した議論だ。冷戦が終結したとき、歴史家のジョン・ギャディスはヨーロッパを覆っていた冷戦という氷河が解け始め、それまで凍結されていた古くからの問題が噴出し始めていると指摘したが、アメリカがサダム・フセインの抑圧体制という氷河を力ずくで引きはがしたことで、イラクでも民族、宗教を軸に各集団がまとまり始め、権力抗争を展開しつつある。イラクは連邦国家になるのか、それとも旧ユーゴのような連合国家へと向かうのか。中東での壮大な歴史的変化が始まりつつある。●
(C) Foreign Affairs, Japan

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