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政治・文化・社会に関する論文

暗闇では銃を発射できないように、世界がどのように機能するかについてのビジョンなしに、政策を決めることはできない。だからこそ、現実主義者は、この世にいない経済学者か、政治理論家の奴隷となるしかない。政策決定者が、世界を間違った方向ではなく、正しい方向へと動かす可能性を高めるような、情報と知識に裏付けられた思想的な基盤とビジョンをわれわれは常に必要としている。冷戦末期以降、『文明の衝突』、『歴史の終わり』、『大国政治の悲劇」』という三つの壮大なビジョンが表明された。ベルリンの壁が崩壊した段階ではフクヤマは真実の鐘をならし、9・11以降の世界政治についてはハンチントンの予測は現実を言い当てていた。中国パワーが今後開花していけば、ミアシャイマーも現実を言い当てることになるのかもしれない。だが、ハンチントン、フクヤマ、ミアシャイマーは未来の何を言い当てて、どこを読み誤ったのか。それを理解することが、世界が必要とする第4のビジョンを描く鍵となる。

CFRミーティング グローバルな資金の流れを考える
―― ラリー・サマーズとの対話

2011年1月号

ローレンス・サマーズ 国家経済会議議長
ティム・ファーガソン フォーブス・アジア、エディター

資本管理策に眉をひそめるムードがあるが、私は、流入する資本に課税したほうがいいと特定国が判断するとしても仕方がないと思うし、資本管理策をそれほど大きな問題だとは思っていない。完全なアナロジーにはなり得ないが、資金の流れを人の流れに例えることもできる。人々が外国に移住するのを認めない国は全体主義的で問題があると考えられる。一方で、国家が慎重に移民の流入を規制するのは所与のこととして受け入れられているではないか。・・・妥当な範囲での資本の流入を制限することにそれほど問題があるとは思わない。・・・一方で、通貨の切り上げを拒み資金があふれかえる状況が続けば、バブルが形成されるかもしれない。・・・中国経済が今後どうなるかわからないという見込みが高まっているために、不透明感が増している。(L・サマーズ)

非国家アクターとしての宗教の台頭
―― グローバル化時代の宗教

2011年1月号

スコット・M・トーマス バース大学上席講師(国際関係)

新しい世界が形成されつつあり、そのおもな担い手は途上世界を構成する国と人々、そして宗教コミュニティだ。そして、昨今の宗教の興隆の大きな特徴は、イスラムの台頭だけではなく、ペンテコステ派と福音主義プロテスタント(福音派)が中国やインド、途上国で大きな広がりをみせていることだ。また宗教系非国家アクターの台頭にも注目する必要がある。世界最大のイスラム組織「タブリギ・ジャマート」、中国の法輪功なども、カトリック教会や東方正教会のように、国際関係に影響を与えるグローバルな宗教プレイヤーの仲間入りを果たしている。しかも、途上世界では社会奉仕ネットワークとテロネットワークの多くが重なり合っている。また、途上国の人々がわれわれと同じ宗教を受け入れても、欧米における(保守やリベラルといった)政治志向をそのまま映し出すことにはならない。グローバル化がいかに宗教を変貌させるかは、テロや宗教紛争といった安全保障上の脅威が今後どう推移するかさえも左右することになるだろう。

ロシアの政治・経済を支配するシロヴィキの実態
―― 連邦保安庁というロシアの新エリート層

2010年12月号

アンドレイ・ソルダトフ Agenture.Ruの共同設立者
アイリーナ・ボローガン Agenture.Ruの共同設立者

ソビエト時代の国家保安委員会(KGB)は非常に大きな力を持つ組織だったが、それでも政治体制の枠内に置かれ、共産党がKGBをあらゆるレベルで監視していた。だが、KGBとは違って、今日のFSB(連邦保安庁)は、外からの監督も干渉も受けない。プーチン時代に入ってから2年後には、FSBはソビエト時代のKGBよりもパワフルで恐れられる存在となり、政治、外交、経済領域での大きな権限から利益を引き出していた。これは、かつてのKGBのオフィサーだったプーチンが、信頼できるのはFSBだけだと考え、この10年間で、国家機関、国営企業の数多くの要職にFSBの人材を任命した結果だった。メドベージェフ大統領が本気でロシアを近代国家に作り替えるつもりなら、まったく制御されていないFSBではなく、国の安全の擁護者を新たに作り上げる必要がある。

軍事力を例外とすれば、今後、アメリカの文化も経済も21世紀初頭のようなパワーを失い、世界的な優位を保つことはないだろう。そして、今後の国家間政治においてもっとも重要な要因は、アジアが世界舞台への復活を続けていることだ。だが、中国がアメリカをアジアから締め出せるはずはない。アメリカが古代ローマのように内側から朽ち果てていったり、中国を含む国家に取って代わられたりすることはあり得ない。アメリカにとって重要なのは、移民への開放性を維持し、国内の中・高等教育を改革し、債務問題への対策をとり、制度と価値の多くを共有するヨーロッパ、日本との連帯を強化していくことだ。21世紀のスマートパワーのストーリーは、パワーを最大化することでも、覇権を維持することでもない。それは、パワーが拡散し、その他が台頭する環境のなかで、いかに自国のパワーリソースを優れた戦略に結びつけるか、その方法を見いだすことだ。

インターネットは自由も統制も促進する
――政治的諸刃の剣としてのインターネット

2010年12月号

イアン・ブレマー
ユーラシア・グループ代表

インターネットテクノロジーはメガホンであり、拡散機能を持っているが、この機能は、国境を越えた情報拡散の促進を望む人々だけでなく、この流れを遮断し、悪用する人々も利用できる。メディアとしてのインターネットが、民主主義を求める声を増幅させるのは、すでに、民主主義への希求が存在する場所においてだけだ。一方、権威主義国家は、彼らにとって好ましくない情報の自由な流れをブロックするために、そして、政府の立場や考えを拡散するために、情報テクノロジーを利用している。最終的には、世界のあらゆるインターネットがさまざまな政府による詳細な監視の対象にされるようになるだろう。事実、欧米のハイテク通信企業は、いまや自らを軍需企業のように考えだしている。インターネットが消失することはない。だが欧米諸国が使用し、一方で、権威主義国家の意向を満たすような一つのインターネットが存在すると考えるのは現実的ではないだろう。

インターネットと相互接続権力の台頭

2010年12月号

エリック・シュミット グーグル最高経営責任者
ジャレッド・コーエン グーグル・アイデアズ・ディレクター

インターネットの登場で、政府の力を弱め、市民の力を強めるバーチャル・コミュニティー(相互接続権力)が誕生し、人々を結びつけるコネクションテクノロジーが、世界各国の社会を変化させている。だが、この流れは、世界中の民衆と政府に困難な新課題を突きつけることになる。低開発社会ではよりオープンで透明性の高い社会を実現するように求める民衆の圧力が作りだされ、政治的緊張を高めるだろう。一方で政府も反政府勢力を封じ込める新たな技術ツールを手に入れることになり、より閉鎖的で抑圧的な社会が出現するかもしれない。民主国家政府はこの機会を見逃さずに連帯する義務があるし、変革をもたらす原動力である企業や非政府組織をプレイヤーとして尊重しなければならない。パワーを分かち合う新時代では、政府といえども、自分だけでは物事をすすめていくことはできないのだから。

中国の真意はどこに
――人民元、南シナ海、領有権論争

2010年10月号

S・デュナウェイ CFR(国際経済担当)シニアフェロー
E・フェイゲンバーム CFR(東アジア・中央アジア・南アジア担当)シニアフェロー
E・エコノミー CFRアジア研究部長
J・クランジック CFR(東南アジア担当)フェロー
A・シーガル (国家安全保障・対テロ担当)シニアフェロー

人民元の切り上げを一時的に容認しつつも、中国は、それがまるでルールであるかのように、あるいは、アメリカの決意を試すかのように、7月と8月には人民元価格を再び固定(ドルにペグ)させた。今回についても、中国が為替政策を永続的に変化させるかどうかは今後をみなければ分からない(S・デュナウェイ)

領有権問題に限らず、中国外交は他のいかなるものよりも主権を優先させる。だが国際社会の責任ある利害共有者であれば、主権とそうした主権の主張が関わってくる国際公共財を明確に区別することはできないはずだ。(E・フェイゲンバーム)

二国間関係の上昇局面と下降局面の急激な変化サイクルを永続的に繰り返す。これが新しい関係の形なのかもしれない。少なくとも、アメリカも中国も関係が制御不能に陥っていくことは望んでいない。米中が合意できるのはこれだけかもしれないが、当面は、これで満足するしかないだろう(E・エコノミー)

中国は領有権論争のある南シナ海(のパラセル諸島、スプラトリー諸島)をめぐって東南アジア諸国と対立したのに続いて、今度は東シナ海をめぐって日本とも対立した。この数ヶ月で中国は10年をかけて育んできた近隣諸国における中国への好感情を一気に破壊するような行動をとっている。一体中国は何を考えているのか。(J・クランジック)

現在の流れは2012年の中国に新指導層が誕生することと密接に関連している。将来の指導者たちは、他の世界に対して中国が毅然と接していくことを示すことで、自分たちの立場を示しておきたいと考えている。(A・シーガル)

より現実をうまく反映できるように世界秩序を再編し、グローバルな統治構造の中枢に新興大国を迎え入れる必要がある。こうみなす点では世界的なコンセンサスが形作られつつある。経済的には必然の流れかもしれない。だが、それは世界の人権と民主主義にとって本当にいいことだろうか。金融や貿易領域では、新興大国がグローバルな交渉に参加するのは当然だろう。しかし今のところ、人権や民主主義をめぐる新興国の政治的価値は、国際社会の主要なプレーヤーおよびそのパートナーが信じてきた価値とはあまりにもかけ離れており、世界の統治評議会を構成する国際機関の中枢に新興大国を参加させるのは考えものだ。新興大国は世界で有意義な役割を果たすのに必要な条件、つまり、内外の市民社会の声に耳を傾け、民主的統治を受け入れるつもりがあるのか、もっと真剣に考えるべきだし、既存の大国の側も、そのような新興大国をあえて仲間に迎え入れることを本当に望むのか、もう一度考えるべきだろう。

GDPは万能ではない
だが、代替経済指標はあるのか?

2010年10月号

ロヤ・ウォルバーソン
CFR.org Staff Writer

政府は予算を決めるために、中央銀行は金融政策の決定に、金融機関は経済活動を判断するために、そして企業は今後の経済を予測して、生産、投資、雇用の概要を決めるために国内総生産(GDP)を主要な指標として用いてきた。第二次世界大戦後に銀行の取り付け騒ぎ、金融パニック、恐慌が起きる頻度が減少したのは、包括的で正確な経済データがタイミングよくGDPとして提供されるようになったことが一つの理由だ。しかし、GDPでは、経済活動が環境の持続可能性に与える影響などの長期的要因は考慮されないし、所得格差もカウントされない。したがって、GDP成長ばかりを追い求めれば、環境悪化、所得格差の問題が深刻化する可能性があるし、GDPが増大するだけでは、必ずしも人々の幸福感は高まらないとする理論も登場している。GDPは万能ではない。だがGDPをいかに改善すべきか、あるいは、他のアプローチに置き換えるかについて、エコノミストの間にコンセンサスはない。

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