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2009年6月号 市場経済から国家管理型経済へ、 いまはその歴史的分水嶺にある

2009-06-10

「先進国政府の多くは自国の経済を永久に管理し続けようとはおもっていないが、・・・・・・途上国政府の意図はこの限りではない」(イアン・ブレマー)

歴史的決定が今、下されている

「もはや中央銀行は最後の貸し手でも、最初の貸し手でもなく、唯一の貸し手だ」。

金融危機を前に各国が大規模な財政出動を行うなか、「経済プレイヤーとしての政府」の役割がますます大きくなっている昨今の現実をイアン・ブレマーは「国家資本主義の台頭と市場経済の終わり?」でこのように描写している。

未曾有の危機を前に、政府が景気刺激策をとり、経済に介入するのは自然の流れだが、「その後何が起きるか」については多くの懸念がある。インフレ、デフレ、保護主義、ドル危機だけでなく、さらに大きなイッシューも注目されている。

「(民間企業と小さな政府を前提とする)市場経済・金融資本主義」が衰退し、「(国営企業、国有企業、民間の覇権企業、政府系ファンドをアクターとする)国家資本主義」が台頭するのか。市場経済改革を進める国には世界から資本が舞い降りるとされた「ワシントン・コンセンサス」から「北京コンセンサス」へと経済成長モデルの世界的見直しが進むのか(注1) 経済・金融覇権は、アメリカから中国へとシフトしていくのか。そして、地政経済秩序の再編が起きるかどうかだ。

景気刺激策を通じてアメリカと中国経済のどちらが先に再生するかだけでなく、保護主義の台頭、資本規制がどうなるかも、今後の流れを左右する大きな変数だ。

そして、(核拡散と中東秩序の鍵を握る)イラン、(世界の紛争とテロの今後を左右する)アフガン・パキスタン、そして(アメリカとヨーロッパの関係、欧米とロシアの関係、さらにはユーラシアでの市場経済民主主義の行方を左右する)ウクライナが地政学的視点から注目されている。(注2)

フィリップ・ゼリコーがCFRミーティング「金融危機後に出現する世界の姿は」で指摘するように、世界の流れを左右する歴史的な決定は危機の余波のなかで下されるようだ。

1929年の大恐慌そのものよりも、その余波のなかで起きた満州事変(柳条湖事件)、社会保障制度の整備、つまり、政府の経済への介入に向けた動き、資源争奪戦を肯定する世界的風潮がその後の世界政治経済の流れを規定していったように、2008年金融ショックの余波のなかにある現在、「アメリカの財政出動の余波、ヨーロッパでの経済モデルをめぐる政治論争、(経済成長モデルの)見直しをめぐる中国のためらいが重なりあって、不幸な展開を呼び込むことにならないか懸念している」とゼリコーは発言している。

彼は1930年代の満州事変、資源争奪戦、そして政府の経済への介入に向けた動きに相当するのが、現状におけるイランの核開発、アフガン・パキスタン問題、そして国家資本主義の台頭だと位置付けている。

つまり、歴史の流れを形作る重要な決定が下されているのは今ということになる。

鍵を握る中国の動き

ブレマーに限らず、ワシントン・コンセンサス(金融資本主義)の時代から、国が経済に介入し、資本の移動が規制される北京コンセンサス(国家資本主義)の時代へとシフトしていく可能性があるとみる専門家は少なくない。

しかも、「中国はすでに市場改革路線を放棄している」とデレク・シザースは言う。GDP成長の維持に血道をあげる中国政府は、価格の自由化を部分的に覆し、民営化と市場競争路線を放棄し、投資障壁を導入している、と。中国は民間の覇権企業の育成を急いでおり、各国の企業は、いずれこうした政府の庇護の下で圧倒的なパワーを培った「民間の覇権企業」との熾烈な市場競争を強いられることになる、とシザースは言う。

どうみても、鍵を握るのは中国のようだ。

かりに米経済が中国経済よりも先に回復を遂げ、中国が輸出主導型の経済成長戦略を採り続け、経常黒字をますます積みましてゆけば、国際システムは再び大きな圧力にさらされることになる、とジョセフ・ナイはCFRミーティング「金融危機後に出現する世界の姿は」で述べている。

これは「金融市場規制は重要だが、……金融市場の暴走の背景をつくりだしたグローバル・インバランス(米中貿易不均衡に象徴される世界的な国際収支の不均衡)の問題に対処しないとすれば……、結局は同じ圧力に直面する」と指摘したポールソン財務長官(当時)とまったく同じ立場だ。(注3)

専門家の多くが、中国が国内市場を開放せず、内需主導型の経済モデルへの転換も図らず、結果的にアメリカの経済的後退を埋め合わせて世界経済のエンジンの役目を引き受けようとしなければ、世界は大きな緊張に直面すると主張しているのはこのためだ。

だからこそ、米中G2という概念が注目されている部分がある。だが、ジョセフ・ナイは「G2という枠組みで今後を捉えるのは間違いだ」と指摘し、中国だけでなく、経済的により大きなパワーをもつ日本にも注目する必要があると述べている。

市場経済と国家資本主義という対立構図のなかで、アメリカの日本への期待が高まっていることは、ナイのミーティングでの発言からもはっきりと読み取れる。その理由は、国家資本主義体制を強化する中国とロシアを世界の途上国が見守るなか、日本が市場経済路線を維持し、オバマ政権が呼びかけ、欧州が拒絶した対GDP比2%の、内需拡大につながる大規模な景気刺激策を日本が取っているからかもしれない。

ここでは、市場経済体制を擁護していく頼りになるパートナーとして日本が捉えられている。「世界が日本に期待している役割を果たしていくことを東京は真剣に考えるようになった」とナイはコメントしている。

新型インフルエンザ

金融・経済危機に追い打ちをかけるように、新型インフルエンザの波が日本を含む世界各地で感染を広げている。

マイケル・T・オスタホルムは、スペイン風邪のときと同様に現在の感染は次第に収まりをみせるが、夏か秋にさらに深刻な第2波が襲ってくる可能性があると指摘し、ローリー・ギャレットも今後の最大の脅威は、新型インフルエンザウイルスがタミフルが効かないウイルスへと変異していくことだと指摘している。

ギャレットは次のように述べている。

「現在流行している新型インフルエンザは人を感染の対象にしているし、タミフルへの薬剤耐性を持つ季節型インフルエンザウイルスも存在する。この二つのウイルスに人間、あるいは、豚が感染すれば、再集合プロセスが始まり、双方の属性を備えた一つのインフルエンザウイルスが登場する」。●

(竹下興喜、フォーリン・アフェアーズ・ジャパン)

※注

注1.ロジャー・アルトマン 「グローバル金融危機と地政学秩序の再編 ―欧米の衰退と中国の台頭」、 ハロルド・ジェームズ 「アメリカ流市場経済モデルの崩壊?」 (フォーリン・アフェアーズ日本語版2009年1月号)
注2.ブルース・リーデル 「国家存亡の危機にあるパキスタン」、エイドリアン・カラトニツキー「ウクライナの安定こそ欧米の対ロシア関係の前提だ」 (フォーリン・アフェアーズ・リポート 6月号)
注3.スティーブン・デュナウェイ 「グローバル・インバランスと金融危機」 (フォーリン・アフェアーズ・リポート 2009年4月号)

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