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2009年4月号 新たな国際的火種としての 「グローバル・インバランス」

2009-04-10

楽観主義から悲観主義へ

不況と聞けば日本人は本能的に節約に走るが、アメリカ人はそうではない。大抵のことは乗り切れると考え、その旺盛な消費を控えることは滅多にない。

実際、2006年に米住宅市場バブルの崩壊を、2009年2月に「アメリカの金融制度の壊滅的な崩壊の可能性が高まっている」と予測したエコノミストのノエリル・ルービニが「度を過ぎた悲観論者」とみなされ、奇人・変人扱いされるほどに、アメリカ人は金融危機が経済を覆い尽くすまで楽観主義を捨てなかった。(注1)

だが、今回ばかりは話が違う。

「金融危機は、行き過ぎた規制緩和イデオロギーと金融ロビイストとの影響力が重なり合って引き起こされた政策上の間違い、それも修正可能な間違いには派生しており、適正な政策をとれば問題は解決できる」。

オリエンタル・エコノミスト・アラーム誌のリチャード・カッツは「アメリカは日本の失われた10年と同じ道をたどるのか」でこう指摘する。だが、彼の本当の狙いは、「日本の失われた10年を引き合いに出して、米経済の先行きをこれ以上悲観するのは止めよう」と訴えることにあるようだ。

カッツが論文で示唆しているとおり、時価会計の問題やストックオプションによる報酬制度、金融市場が落ち着きを失っていること、アメリカの危機が世界の金融、実体経済に波及していることを考えれば、先行きは、冒頭の引用が示唆するほど単純ではないだろう。

もちろん、各国の当局が協調して金融規制を改革し、財政出動、金融政策を連動させ、IMFの権限とファシリティを強化し、保護主義の台頭を抑え込むことができれば、一時的に世界経済を浮遊させることはできるかもしれない。「アメリカ経済の回復は予想以上に早く、力強い立ち直りをみせるかもしれない」という期待が内外で生まれつつあるのも事実のようだ。

だが、リチャード・ハースが指摘するように、一方で「G20諸国のうちの約17カ国が、2008年11月のG20金融サミット以降に何らかの形で貿易障壁を引き上げている。(「金融危機と戦略問題」

各国は、金融・経済危機をめぐる国際協調を阻む政治的ハードルを抱えており、ウォルター・ラッセル・ミードが言うように、最悪のシナリオは「欧米は貿易の門戸を閉ざしつつある」と中国が考えるようになり、「その後、数十年にわたって世界がその禍根から逃れられなくなること」だろう。(注2)

何が金融危機を引き起こしたかに関する危険な認識の格差

今回の金融危機を誘発した本当の原因は何か。

危機が将来において再現されるのを回避するのに不可欠なこのテーマでの経済論争も、いずれ各国間の政治問題に姿を変えていくかもしれない。

「膨大な資本が経済システムに流入するとバブルが発生し、そのバブルが崩壊して経済的打撃を引き起こすのは避けられない」とセバスチャン・マラビーは言う。(「中国は内需を拡大し、為替操作を止めよ」

アメリカの住宅市場バブルの崩壊が直接的な引き金を引いたとしても、「莫大な経常黒字をため込んだアジアや中東の国が、外貨準備をバックに(アメリカを中心とする)先進国に大規模な投資を行うようになり、この潤沢な資金が米欧での住宅バブルの発生を助長した」とマーチン・ウォルフは2008年10月21日のCFRインタビューで指摘し、アメリカの経常赤字とアジアや中東諸国の経常黒字に象徴されるグローバル・インバランス(世界的な国際収支の不均衡)が、アメリカでバブルを発生させた本当の理由であると示唆した。

少なくともアメリカの有識者の間では、このグローバル・インバランスを金融危機の根本原因とみなす点でほぼコンセンサスが形成されているようだ。

ヘンリー・ポールソン米財務長官(当時)自身、危機の初期段階で「グローバル・インバランスが作り出す圧力を拘置すれば、別の出口を見いだすまでそれは蓄積され続けていく」と指摘している。(「グローバル・インバランスと金融危機」
だが日本を含む各国では、今回のグローバルな金融危機を引き起こした原因を、無節操な融資と金融工学を駆使した商品の破綻を背景とするアメリカ発のサブプライム危機に求めるのが主流だ。

危機を直接的に引き起こした犯人捜しという点ではこのとらえ方は正しい。だが、危機が再び起きないようにするにはどうすればよいかを考えるには、犯人の動きを規制するだけでなく、なぜ犯人はそのような動きをとることができたか、その背景にも目を向ける必要がある。

そして、アメリカがその背景として問題視しているのがグローバル・インバランスだ。

グーグルで「グローバル・インバランス」とカタカナで入力するとヒット数はわずか22万弱。一方、英語で入力するとヒット数は246万に増える。アメリカと日本の間にも、金融危機のルーツについてのかなり認識の格差があるかもしれない。

「グローバル・インバランスと金融危機」というタイトルのCFRリポートをまとめたスティーブン・デュナウェイは、世界的な経常収支の不均衡を是正していくのを妨げている要因は三つあると指摘している。

第1は基軸通貨国がドル建て債券を発行して経常赤字を埋め合わせられること。
第2は為替を管理すれば、国際収支の調整を先送りできること。
第3は通貨切り下げによって構造調整の圧力を和らげられることだ。

1については、アメリカ国内でも、経常赤字を圧縮してドル危機を回避すべきだとずいぶん昔から議論されてきた(だが、今回の大型景気刺激策でアメリカの経常赤字はますます肥大化し、仮に危機を克服できても、次にはインフレとドル危機が待ちうけているとみなす意見もある)。

2については、「中国は内需を拡大し、為替操作を止めよ」で指摘されているように、中国に対して為替操作を止め、内需主導型の成長路線をとるように求める声が聞かれる。但し、中国がドルの命運を握るほどに大規模なドル建て外貨準備を持っているだけに、これらの問題をめぐってどのように中国に働きかけるかは高度な政治判断になる。

3については、主に日本やヨーロッパのことで、通貨価値が過小評価されると労働市場、製品市場の構造改革が遅れるという見方が示されている。

グローバル・インバランスは、今後の長期的な経済・貿易交渉を左右する重要なポイントになると考えられるし、短期的にみても、米中間で政治問題化する危険がある。

4月15日に公表される予定のアメリカの年次為替報告書で中国が為替操作国として名指しされるかどうか、また、各国の市場が縮小するなか、成長が鈍化して失業率が高まり、体制の政治基盤が損なわれつつある中国政府が国内の抑圧策を強化し、国際社会との緊張を高めることになるのか。(「経済危機は中国の共産党支配を揺るがすか」) すでに金融危機は、新たな国際対立の火種を政治領域でも作り出しつつある。●

(竹下興喜、フォーリン・アフェアーズ・ジャパン)

※注

1.「禁輸安定化法では金融危機を収束させられない」大胆な流動性危機対策の実施を Stop to Halt the Slide by Nouriel Rubini October 6,2008
2.「保護主義の台頭と地政学リスクを考える」ウォルター・ラッセル・ミード(フォーリン・アフェアーズ・リポート2009年3月号)

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