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2008年5月号 エネルギーと環境の連鎖が導く複雑系世界  

2008-05-10

仮に5~7年後に原油価格が1バレル25ドルになるとして、その後の世界はどうなっていくのだろうか。中国やインドが試みているような、市場を介さない資源調達方法は放棄され、原油高と環境志向が背景にあるエタノールへの需要増が穀物価格を押し上げることもなくなり、政府系ファンドの役割は周辺化し、環境問題への配慮も希薄化していくのだろうか。

多少の揺り戻しはあるとしても、おそらく、そうはならない。原油価格の高騰だけでは現在起きている大きな変化の連鎖は説明できないし、新たなメカニズムがすでに動き出しているからだ。

一つは、政府系ファンドがグローバル経済のファクターとしてすでに定着しつつあること。もう一つは、環境問題、資源・エネルギー問題にシステマティックに取り組んでいく政治的、経済的意思が世界レベルで確認されつつあることだ。実際、ガソリン消費を2割減らし、アメリカ国内で生産する自動車の多くを代替燃料車にする構想について米自動車大手ビッグスリーの首脳が2007年にブッシュ大統領と意見交換したことは、規制を嫌う米企業でさえもが、将来の環境規制をはっきりさせなければ、生産計画を立てられない状態にあることを示す象徴的な出来事だった。

だが、現実には嵐はいまも続いている。原油価格の高騰は当面続き、穀物価格も高止まりし、政府系ファンドがグローバル金融に占める役割もますます大きくなっていくと誰もが考えている。今後嵐がやむ前に、より大きな何かが起きる危険もある。「21世紀の資源争奪戦」(日本語版2008年6月号掲載予定)でデビッド・ビクター、レオン・ファースが示唆するように資源争奪戦が紛争の引き金となる恐れもあるし、民族主義と保護主義が台頭し、途上世界の小さな産油国は「石油に呪縛されて」紛争から抜け出せず、結局、世界は20世紀へと引きずり戻されていく危険さえある。これを回避するために、まず現状を的確に整理し、今後の対応策を考える試みがすでに始まっている。

「いまや、小さな変化が予期せぬ大きな変化を呼び込み、特定の問題への解決策と思われたものが、別の問題をつくりだすような、予期せぬ結末というリスクで運命は覆われている」。安全保障の専門家、レオン・ファースは現状をこう描写している。すでに、「アメリカの衰退」を指摘する声も聞かれる。経済、軍事効率、文化面の影響力の低下に伴うアメリカの相対的衰退とともに、一極支配の時代は終わり、世界は多極化を通り越して、一気に「無極化しつつある」とリチャード・ハースはみる。

「国がパワーを独占する時代は終わりつつある。……上からは地域機構、グローバル機構のルールによって縛られ、下からは武装集団の挑戦を受け、非政府組織や企業の活動によって脇を脅かされている」とみる同氏は、この状況では、国や各アクターの協調態勢も争点次第で刻々と変化し、「相手が同盟国なのか、敵なのかを見分けるのも難しくなる」と大きな流動化と先行きの不透明化を予測している(「アメリカの相対的衰退と無極秩序の到来」)。

L・ファースは、こうした流動化に対処していくには、国家安全保障の定義と概念を広げ、それに対応した柔軟なネットワークシステムを構築する必要があると指摘し、R・ハースは、途上国の貧困を緩和して政治的、経済的機会をつくりだすためにも、セーフティーネットを強化したうえで貿易の自由化をさらに促進し、投資保護主義を抑えて資金の流れを維持するために「世界投資機構」を設立する必要があると提言している。

政治的に不安定な中東石油への依存を嫌って、調達先の多角化を図るために、そして資源争奪戦が起きるのを避けるために、途上世界の資源保有国の「石油の呪縛をいかに解くか」への関心も高まっている。石油の呪縛というジレンマへの対策を検証したマイケル・ロスは、統治体制が整備されていない途上世界の小規模な産油国は、原油価格の高騰によって一時的な資金を棚ぼた式に手にしても、政治腐敗が蔓延し、紛争が助長されるだけで、結局は貧困から抜け出せないと指摘。この呪縛を解くには、石油をキャッシュに換えるのではなく、インフラ整備、必要とされる製品やサービスと「バーターすべきだ」とし、「開発と石油のバーター取引」を提言している(「石油の富と呪縛」)。

5~7年後に原油価格が1バレル25ドルになったときの世界、嵐の後に出現するであろう複雑系世界に備えた議論がすでに政策レベルで開始されている。

(C) Foreign Affairs, Japan

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