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2005年4月号 「米国主権至上主義」とボルトンの課題

2005-04-10

それは、2001年3月29日、米上院の外交委員会でのジョン・ボルトンの国務次官指名承認公聴会での出来事だった。バーバラ・ボクサー上院議員(民主党・カリフォルニア州)は、ボルトンが「国際連合などというものは存在しない」と過去に述べたことを引き合いに出し、この見解は「アメリカで主流の見解から大きくはずれている」とただした。
外交委員たちの厳しい質問への弁明を試みるボルトンに対して、後に民主党大統領候補となるジョン・ケリー上院議員(民主党・マサチューセッツ州)は、過去の発言からみて、あなたのここでの証言は「指名承認を得るための転向、変節ではないか」と迫る。ここで、ボルトンの強力な支持者で、国連批判を展開し、主権至上主義の急先鋒として知られる長老のジェシー・ヘルムズ上院外交委員長(共和党・ノースカロライナ州)が声を上げる。「ジョン、立場を変えてはいけない。彼らは君を陥れようとしている」(注1)。
その後、指名承認プロセスをクリアして軍備管理・国際安全保障担当の国務次官に就任したボルトンについて、ジャーナリストのマイケル・ハーシュは「彼は目にとまった多国間条約のすべてを解体するか、履行できないようにした。そもそも彼をこのポジションに任命するのは狐に鶏小屋の番をさせるようなものだった」と皮肉った(注2)。
そして05年3月7日、ブッシュ大統領はジョン・ボルトンをアメリカの次期国連大使に指名する。日本を含む各国のメディアは驚きの声を上げ、米民主党の指導者たちもボルトンの国連大使起用策に疑問を表明している。
ボルトンの国際法、条約への認識がどのようなものかは「国際法と国内法のあいだ」にはっきりと示されている。アメリカの主権至上主義である。
「世界でもっとも強健で自由な代議制民主国家であるアメリカがつねに、ひどい国際法違反を犯しているのは、自国の憲法に固執しているためだと安易に宣言するような国際法理論には、われわれは注意深くなくてはならない。特にわれわれの憲法が、世界中の自由民主主義国によってモデルとして使われているだけに、特に慎重でなくてはならない」(154ページ)
この一節は、「アメリカ憲法に具現される価値、信条が世界的に支持されているのだから、仮に国際法に触れるとしても、そうした価値や信条に根ざしたアメリカの国益を促進していく路線を取れば、世界の平和と繁栄も自律的に促進される」と言い換えることもできるかもしれない。
そうだとすれば、コンドリーザ・ライスに代表されるブッシュ政権1期目の外交路線の法的基盤を支えたのはボルトンだったと考えてもいいだろう。だがその結果、アメリカは気候変動枠組み条約、弾道弾迎撃ミサイル制限条約から離脱し、イラク戦争をほぼ単独で強行してしまった。
政治学者のジョン・アイケンベリーが指摘するように、リベラル派、そして世界の多くはこれをアメリカの単独行動主義とみなし「アメリカの主権はますます絶対的なものとみなされ、一方でワシントンが設定する行動規範に逆らう国の主権はますます制約されている」と批判した(注3)。
さらに、ボルトンは1999年10月4日付のウイークリー・スタンダード誌に寄せた論文で「国際関係における武力行使を容認し、正統性を与えることができるのは唯一国連安保理だけである」というアナン国連事務総長の発言に激しく反発し、「このような発言をアメリカが放置すれば、われわれの国益を促進するための自己裁量
権が失われてしまう」と述べている(注4)。
国連大使としての指名に疑問の声が上がるのも無理はない。
しかし、9・11とイラク戦争を経たアメリカが世界をどのようにとらえ、国連が新しい現実に対応するためにどのような改革を目指しているのかも考える必要がある。
アメリカの考えと、国連の考えが収斂してきているとすれば、歯に衣着せぬ発言だけでなく、その外交手腕で知られるボルトンの国連大使指名は、ブッシュ政権にとっては、国連とアメリカの共有基盤を広げる上ではきわめて合理的な判断なのかもしれない。
9・11を経たアメリカの世界観はブッシュ政権の国家安全保障文書に明確に描写されているし、一方、国連改革については、国連改革に関するハイレベル委員会の報告書に示されている。
テロリズムの定義を試み、大量破壊兵器(WMD)拡散問題を取り上げ、それを阻止するために何が必要かについても分析している同報告書について、ハイレベル委員会のメンバーを務めたブレント・スコークロフトは「自己防衛と先制攻撃に関しても、これまでよりも幅をもたせた解釈を示しており、アメリカの国益に合致するような提言が数多くなされている」と指摘している。
リー・フェインシュタイン米外交問題評議会シニア・フェローも、同報告書のもっとも興味深いポイントは、「ブッシュ政権の国家安全保障政策と重なりあう部分が非常に多いことだ」と指摘している(「国連改革報告書とアメリカの利益」日本語版2004年12月号、「国連改革提言の本当の意味」日本語版2004年12月号)。
今後国連が、特定国の内部で目に余る人権弾圧が行われていたり、WMDの開発が行われていたりする場合にどう対応するかという、相手国の主権がかかわってくる微妙なテーマに取り組んでいくのは間違いない。  「政府が民衆を保護する責任を果たさない、あるいは果たせない場合には、相手国の主権は制限される。政府が人道的悲劇を解決する意思と能力をもっていない場合には、国際コミュニティーが『保護する責任』を果たし、対応責任を負うべき段階にきている」という議論も出ているし、兵器拡散についても、20世紀型の国際法では、拡散を阻止できないのだから、予防的にWMD拡散を「阻止する義務」を確立せよという議論も出てきている(注5、「兵器拡散を『阻止する義務と国家主権」日本語版2004年2月号)。そしてアメリカの主権至上主義では国際社会が納得しないこともすでに明らかになっている。
「保護する責任」と「阻止する義務」をめぐって、アメリカの主権至上主義と国連の国際的正統性をいかになじませるか。ボルトン次期国連大使の課題は大きい。●

注1 ”Bolton Echoes Bush, Powell Arms Control View at Hearing”
by Ralph Dannheisser March 29, 2001, Washington File Congressional Correspondent.
注2 マイケル・ハーシュ「ジョージ・ブッシュの世界像」(『ネオコンとアメリカ帝国の幻想』朝日新聞社、2003)
注3 G・ジョン・アイケンベリー「新帝国主義というアメリカの野望」
(『ネオコンとアメリカ帝国の幻想』朝日新聞社、2003)
注4 ”Kofi Annan’s U.N. Power Grab,”October 4,1999, Weekly Standard.
注5 ギャレス・エバンズ、モハメド・サハヌーン 「人道的悲劇から民衆を保護せよ――介入する権利
から保護する責任へ」日本語版2003年1月号

(C) Foreign Affairs, Japan

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