Issue in this month

2012年4月号「どこかが何かおかしい」世界と日本

2012-04-20

「どこかが何かおかしい」世界と日本
2012.4 .20公開

<代議政治の危機>
現状に閉塞感を覚えているのは日本人だけではない。世界の多くの人が「どこかが何かおかしい」と感じている。政府が問題を解決する能力を失い、危機に対処できなくなっているからだ。(1) ヨーロッパでは経済崩壊の瀬戸際で場当たり的に危機管理策が繰り返されるだけで先は見えず、危機が再燃しつつある。アメリカも、2012年末には再び債務上限引き上げをめぐる大きな危機に直面すると言われている。(2)

日米欧のすべてが巨大な債務と赤字を抱え込み、特に日本とヨーロッパは高齢化に伴う社会保障支出の増大、少子高齢化を含む様々な要因が引き起こしている低成長と停滞という問題に直面しつつある。F・フクヤマが言うように、もはや福祉国家は維持できなくなっており、中間層の衰退によって民主主義の成立条件さえ奪われつつある。(3)

現在の日本を家計に例えるなら、次のように描写できる。莫大な借金を抱えながら、日々の暮らしさえも収入ではまかなえず、借金はさらに大きくなっていく。しかも、所得レベルは低下していくと見込まれるため、今後も借金の返済はできず、いずれ借金することさえできなくなる。

イタリア、ギリシャ、スペインを含むヨーロッパでは赤字・債務対策としての緊縮財政に反対するデモが起き、緊縮財政を支援の条件にしたドイツに対する反発も高まっている。資本主義の国アメリカでも、ウォール街デモからも明らかなように、金融資本主義への反発、そしてなにも解決できない政治への不信が高まっている。ヨーロッパ周辺国では、国に見切りをつけて外国に機会を求める人々もでているが、多くの人は大きな問題を抱えつつも国に留まり、政府に対して声を上げている。

アントニオ・ネグリは、この現象を代議制民主主義の危機に他ならないと指摘している。「われわれの目の前にある民主主義が大多数の人々の考えと利益を代弁していく力を失っているのなら、現状の民主主義はもはや時代遅れなのではないか」。デモが問いかけ、求めているのは「真の民主主義」を再確立することだと、彼は指摘している。(4)

<閉塞感を打破するには>

一方、日本では政治不信は極端なレベルへと高まっているが、大きな動きはない。何も変わらない現実を前に改革を求めて政治的に声を上げるのを諦め、人々がシステムからの退出を考えだしているためかもしれない。(5)

1990年代に日本の企業利益、公益、個人の利益は大きな食い違いを見せ始め、それまでの経済・社会システムは もはや非効率的で現実と符合しないと考えられるようになった。(6)つまり、日本では「どこかが何かおかしい世界」はこの時から始まっていた。

事実、90年代以降、企業は利益を求めて国内投資よりも外国投資を重視するようになり、いまや円高と不安定な電力供給が企業の国外移転に拍車をかけている。そして、年金の不払いが増えていることに象徴されるように、個人もシステムを見限りつつあるかにみえる。

だが、高齢社会を機会として前向きにとらえることもできるし、少子化の流れを覆すことが不可能なわけでもない。(7)日本のエネルギーの使用効率は世界でトップレベルだし、このテクノロジーを新たな輸出産業にすることもできる。中等教育のレベルも世界的上位にランクされており、労働力の質は高い。(8) 債務と赤字の問題は非常に深刻だとしても、ギリシャとは違って、対外債務の比率は大きくない。

L・フィンクを始めとする専門家は、「どこかが何かおかしい」世界の閉塞感を打破するには、福祉国家的な施策よりも、むしろ、投資が必要だと指摘している。日本の場合、債務削減努力の一方で、高等教育や技術革新、そして「ヘッドクォーター国家」に向けたインフラ投資などが、経済成長を刺激できるかもしれない。(9)

フクヤマが言うように、政治と経済の包括的イデオロギーを考案する「屋根裏部屋の思想家」が求められている。(10)さらに、イデオロギーを制度化する専門家、そして、新しいイデオロギーと制度を武器に国の意識を高めて前へと進ませる、デマゴークではないカリスマのある政治指導者も必要だろう。

C・クプチャンは次のように提言している。「必要とされているのは、民主主義、資本主義、グローバル化の相互作用が作り出している大きな緊張をいかに解決するかという設問に対する21世紀型の力強い答えを示すことだ。政府の行動を、グローバル市場の現実、恩恵をより公平に分配することを求める大衆社会の要望に適合させるとともに、痛みと犠牲を分かち合えるものへと変化させていく必要がある」。(11)

Koki Takeshita@FAJ


(1)「漂流する先進民主国家 ―― なぜ日米欧は危機と問題に対応できなくなったか」/チャールズ・クプチャン(2012年1月号)、 「不安定な新世界、動かない資金 ――長期ビジョンとコンフィデンスの喪失」/ローレンス・D・フィンク(2012年4月号)
(2)「ヨーロッパ経済の危機再燃は避けられない ―― 世界経済アップデート」/ルイス・アレキサンダー、ジョイス・チャン、ヴィンセント・ラインハルト、セバスチャン・マラビー(2012年5月号)
(3)「歴史の未来 ―― 中間層を支える思想・イデオロギーの構築を」/フランシス・フクヤマ(2012年2月号)
(4)「ウォール街デモが示す新しい民主主義の可能性 ―― 市民の苦境を無視する政治への反乱」/マイケル・ハート、アントニオ・ネグリ(2011年11月号)
(5)「日本システムから退出する企業と個人」/レオナード・J・ショッパ(アンソロジーvol.32)
(6)「行政指導と終身雇用の終わり ―― 「日本株式会社」の復活はない」/ピーター・ドラッカー(アンソロジーvol.32)
(7)「高齢社会を前向きにとらえよ ―― 危機を機会に変えるには」/ジョセフ・F・カフリン、ケリー・ミッチェル、マイケル・W・ホーディン(2012年4月号)、 「ベイビー・ギャップ―― 出生率を向上させる方法はあるのか」/スティーブン・フィリップ・クレーマー(2012年5月号)
(8)「教育と国家を考える」/ジョエル・I・クライン、コンドリーザ・ライス(2012年5月号)
(9)「高齢社会が変える日本経済と外交」/ミルトン・エズラッティ(アンソロジーvol.32)
(10)ibid フクヤマ
(11)ibid クプチャン

一覧に戻る

論文データベース

カスタマーサービス

平日10:00〜17:00

  • FAX03-5815-7153
  • general@foreignaffairsj.co.jp

Page Top