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2009年10月号「日米中」から「『米中』と日本、インド、ロシア」の時代へ ―― 変化する東アジア秩序

2009-10-23

2009.10.23公開

「日米中トライアングル」という構図は東アジア秩序を考える際にこれまで長く用いられてきた歴史的な指標だ。例えば、ジョージ・ケナンは1947年に米外交文書(FRUS)で次のように指摘している。

「われわれアメリカ人は、真に友好的な日本と表向き敵対的な中国という組み合わせからは何も深刻な事態には直面しないことを知っている。だが、表向き友好的な中国と真に敵対的な日本という組み合わせによってわれわれが安全保障上の脅威にさらされることはすでに実証されている」

だが、いまやトライアングルの内実、そしておそらくは外形も大きな変貌をとげている。もっとも重要なポイントは、このトライアングルに21世紀のグローバル秩序を左右する米中というグローバル・パワーが存在することだ。(注1)しかも、中国が(アフリカ、中南米)、東南アジア、中央アジアへと影響力とつながりを拡大していくにつれて、数多くの変数が入り込んでくるようになった。
考えるべき点は多くある。

中国は経済成長を維持して国内の安定を図り、経済成長に不可欠な資源を何としても獲得することを重視し、対外的なもめ事は回避したいと考えている。北京にとって最優先課題は国内的安定を維持していくことだ。

一方、ドルと経済の覇権がたそがれてきていることを認識しだしたアメリカは、この二つの懸案の鍵を握る中国との戦略経済対話を進めつつ、日本との同盟関係も維持していきたいと考えている。アメリカにとって、制度や価値を共有する同盟国が、自分たちとは異質なグローバル・パワーの傍らに位置していることの意味合いは大きいはずだ。
かたや、失われた10年を経て経済的影響力の低下という事態に直面した日本は、経済改革と防衛力強化で対外的影響力を支えようと試みつつも、一進一退をくり返し、依然、軸足がどこにあるのかはっきりしない。

こうしたなかで、東南アジア、東シナ海、極東ロシアで日中が経済的影響力や利権を競い合い、中央アジアではロシア、アメリカ、中国が地政学的影響力と利権を競い合っている。軍事面でも中国は軍事力を近代化するとともに、(アメリカを意識した)非対称戦争、中東からの海洋シーレーン防衛のための(インド洋での)軍事インフラ、海軍力の整備にも力を注いでおり、ここではおなじく経済的に台頭するインドファクターもからまってくる。(注2) 一方、テロの舞台であるとともに資源地帯でもある中央アジアでは米中ロが、さまざまな思惑からせめぎ合いを演じている。

ほんの数年間前までは「急激な人口減少に悩みながらも豊かな資源をもつロシアと、莫大な規模の人口を抱え、資源を切実に必要としている中国が結びつけば、ユーラシア、そして世界の地政学バランスはどうなるか」と懸念する専門家も多かった。

この疑問に一定の答えを示したのが、スティーブ・コトキンの論文、「米中露トライアングルの勝者は誰か」だ。おそらく、中ロの連帯は現状では、実務、経済レベルを超えたものにはならないとコトキンは示唆し、むしろアメリカの影響力拡大を阻止することに気を奪われるロシアは、結果的に中央アジアその他で中国に足元を脅かされていると同氏は指摘する。「ロシアはアメリカのジュニアパートナーに甘んじることを拒絶することで、図らずも、中国のジュニアパートナーになってしまった」とコトキンは結論づけている。

経済領域でも日米のアジアにおける経済的影響力が相対的に衰退し、中国の影響力が高まっている。グローバル・経済危機のなか、世界の主要国経済が停滞するなか、中国は依然として堅調な経済成長を続けている。必然的に、中国のソフトパワーや国家ブランドも強化されている。実際、アジアの共通通貨という言葉からアジアの人々が想起するのは、新しい通貨でも、円でもなく、人民元だ。

コトキンは次のように指摘する。「中国はすでにグローバルな大国へと変貌しているにも関わらず、多くの場合、地域大国として振る舞うことに徹し、米ロのジュニアパートナー受け入れることで、利益と影響力の最大化を狙っている」。

現在の中国は、明治期の日本のようにあらゆる意味で強く手堅い。自分たちがどこにいるのか、これらからどこにいこうとしているのを理解し、目的を見据えて戦略的に状況に対応しているからだ。一方日本はといえば、いまは足下を見据えようと試みるだけで手一杯の状況にあるかに見える。

G20で合意されたように今後グローバル・インバランスの是正に各国が取り組んでいくとすれば、世界の金融、貿易の流れは今後大きく変化していく。日米中という構図もすでに地域的にもグローバル・レベルでも大きく変貌し、すでに空洞化、形骸化している。あえて言えば、東アジア秩序は「日米中」から「『米中』と日本、インド、ロシア」の時代へと移行しつつあるのかもしれない。
リチャード・ハース、アンマリスローターを含む多くの専門家が言うように、問われているのは、「誰が敵で誰が味方か分からない世界」で是々非々に、しかも一貫性をもって対応していく能力、多数のプレイヤーが関わってくる問題の中枢に自国を位置付ける能力のようだ。 ●
(注1)「21世紀を主導するのは中国かアメリカか」 ジョセフ・ジョフィ
(注2)「台頭する中印とインド洋の時代 ――21世紀の鍵を握る海洋」 ロバート・D・カプラン
「米軍は東アジア海域とペルシャ湾に介入できなくなる?―危機にさらされる前方展開基地と空母」 アンドリュー・F・クレピネビッチ

By Koki Takeshita

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