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2007年11月号 北東アジアの安全保障を考える  

2007-11-10

かつて歴史家のルイス・J・ハレーはポーランドと朝鮮半島を侵略の回廊と呼んだ。二つの強国を2本の縦線で描き、これを結ぶ横線を引くとHという文字が浮かび上がる。ドイツとロシア・ソビエトという二つの縦線を結ぶ横線がポーランド、20世紀初頭の日本とロシアを結ぶ横線、そして第二次世界大戦後のアメリカ(前方展開軍)と中国(ソビエト)を結ぶ横線が朝鮮半島だった。1945年の東西両陣営による朝鮮半島の分断も、この半島が戦略的要地だったことと大いに関係がある。

しかしいまや、北東アジアの戦略秩序はHではなく、ローマ数字のⅢで表現するのがふさわしいのかもしれない。事実、J・シャプレンとJ・レーニーは「いずれもパワフルでナショナリスティック、しかも反目の歴史を持つ中国、日本、韓国という3カ国が、同時に対外的低姿勢の時代を脱して覚醒しつつあり、パワーを競い合っている」と北東アジアの現状を描写している(「変化する北東アジアにアメリカはどう関与すべきか」)。

もちろん、ハレーの古い戦略理論だけで21世紀の現状を説明するのは無理がある。しかし、「北朝鮮後」にどのような政治志向を持つ朝鮮半島が出現するか、つまり、歴史的な戦略的要地に中国寄りの体制、あるいは欧米寄りの体制が出現するかは戦略問題、経済戦略の専門家の大きな関心事だし、すでに、このテーマに深く関連する入り口部分での議論が始まっている。それが、アジアの安全保障構造に関する議論だ。

「日本、韓国との同盟関係を基盤に中国とのアジェンダは規定されると考えたこれまでのアメリカのアプローチの前提はすでに崩れ去っている」とみるシャプレンとレーニーは、アメリカは、6者協議を進化させた「5プラス1(北朝鮮)」を立ち上げ、中日韓の緊張を和らげるメカニズムとしていくべきだと提言する。一方、ブッシュ政権の国家安全保障会議(NSC)のアジア部長を務めたビクター・チャも、6者協議を、朝鮮戦争にピリオドを打つ4者協議を内包する、より広範な安全保障レジームへと進化させていくべきだと表明している(「アジアの安定と平和を維持するには」)。

日韓との同盟関係だけで秩序を保てなくなったのは、中国が急速に台頭し、影響力を高めているからにほかならない。シャプレンとレーニーは、いまやアメリカはかつてのような影響力を失い、「それを中国と分け合っている」と危機感を表明する。一方、アメリカを依然として北東アジアのリーダーとみなすチャは、米中関係が安定していれば、中国が日米同盟の強化に眉をつりあげることもないし、台湾をめぐっても冷静な対応をとると指摘し、現在、米中関係が良好な状態にあることが、アジアの安定につながっていると言う。ただし、米大統領選において、中国の軍事力近代化路線、衛星破壊兵器が脅威として引き合いに出され、中国製品に対する貿易保護主義を求める議論が噴出することも予想され、米中関係の先行きがはっきりしないことはチャも認めている。

そうした不確実性に対処するための新しい安全保障構造が、2国間関係、多国間フォーラムの重層的なネットワークになるとみなす点では専門家の間にコンセンサスがあるし、二つの論文がともに強調するように、自由貿易合意の役割も重視されている。

中国の台頭はすでに既成事実として織り込み済みだが、増大する人口から考えて、7%の経済成長を維持していかないことには、失業問題をきっかけに社会が混乱する恐れもあるし(シャプレン&レーニー)、一方、核廃棄という難題を控えている北朝鮮との交渉路線がこのまま軟着陸できるとも考えにくい。このような不透明な環境のなか、アジアの主要国ではナショナリズムが高まりをみせ、いまや北東アジアには「危険なダイナミクス」が出現している(シャプレン&レーニー)。

経済的相互依存と自由貿易構想によって各国は共有する利益に目を向けるのか、それともナショナリズムと反目の歴史が幅を利かせ、立場の違いにばかり関心が向けられることになるのか。対立と衝突のシナリオを回避するための北東アジア安全保障構想の成否は、各国が交渉の前提にH、あるいはⅢというどちらの構図を思い描くかで左右される部分があり、この意味でも、韓国の大統領選挙は地域安全保障の観点から大きな意味合いを持つことになる。●

By Koki Takeshita

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