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2007年8月号 非民主的資本主義大国の台頭を考える    

2007-08-10

日本、ドイツという、戦前における「非民主的資本主義パワー」が第二次世界大戦に敗れたのは、権威主義的政治体制と資本主義的経済制度という組み合わせに構造的な欠陥があったからではなく、国家規模があまりに小さかったからで、敗北は必然ではなく、アメリカという圧倒的なパワーを持つ「民主的資本主義パワー」の参戦という偶然に左右された。仮に日独という権威主義的資本主義国家が戦後も存続していれば、アメリカが主導する民主的資本主義陣営にとって、共産主義的中央統制経済体制以上の脅威と課題をつくりだしていたかもしれない。

政治学者のアザル・ガットは「21世紀は権威主義的資本主義大国の時代になるのか」でこのような仮説を示している。その意図は「市場経済は必然的に民主主義を導く」という理論に一石を投じ、中国やロシアが資本主義導入に見合うような政治改革を行わなければ、民主化を求める社会革命が起きるという従来の考えを真っ向から否定することにあるようだ。

一般には次のように考えられてきた。グローバル化に呼応して世界各国の市場経済化が進めば、人々は豊かになり、財産権の保障、法の支配を求めるようになる。こうした社会圧力を前にすれば、非民主的な政府も政治制度の改革を余儀なくされ、必然的に政治と社会は民主化されていく。

実際、「政治改革を断行しない限り、中国で社会革命が起きる」と広く考えられているのも、このロジックが前提とされている。一党支配体制を維持したいと考える中国共産党政府の正統性の基盤は、いまやイデオロギーではなく、経済成長を維持することにあり、皮肉にも、正統性を維持しようと中国政府が経済成長に力を入れれば入れるほど、中産階級の規模が拡大し、政治改革は不可避となり、一党支配体制の足元をすくわれる、と。

しかしガットは、「政治的には非民主的でも、経済的には資本主義を取り入れた」中国やロシアのような権威主義的資本主義大国は今後も台頭を続け、「グローバル経済に自分のルールで関与するようになるかもしれないし」、市場経済・民主主義の代替策として、今後世界的に大きな力を持つようになるかもしれないと示唆している。

人々の不平・不満をくみ上げて政治に反映させるという点では民主的制度が非民主的制度よりも優れており、抑圧体制のなかで社会不満を政府が抑え続ければ、人々は活動する気力を失って経済が停滞し、一部に過激勢力を生み出してしまう。ブッシュ政権がテロ対策の一環として打ち出した中東民主化構想もこの広く受け入れられている考えを前提としていたし、イラクでの選挙の実施にこだわったのもこのためだ。しかし、選挙の結果、多数派であるシーア派の政治的台頭だけでなく、スンニ派の政治からの排除という新たな問題がつくりだされ、これが、各集団を刺激してイラクの混迷をますます深刻なものにしているのも事実だ。

そして現在、大きな混乱のなかにあるパキスタンに対しても、ワシントンの一部の強硬派はムシャラフを見限ってパキスタンを民主化し、文民統治体制を確立することを求めている。だが、米外交問題評議会(CFR)のダニエル・マーキーは、パキスタンに「拙速に民主化を強いるのは逆効果だ」と指摘する。軍部が、圧倒的な権限と影響力を持つ「パキスタン最強の政治機構」である以上、パキスタンに純粋な文民民主主義を築くという目的は「短期的には非現実的な夢にすぎず」、むしろ、何らかの方法で軍と協力しなければならないとマーキーは提言している(「パキスタンの混迷への正しい外交路線とは」)。

1997年の段階でファリード・ザカリアは、「非自由主義的な民主主義が台頭しつつある」と警告し、重要なのは選挙を実施することではなく、人権や法の支配を尊重する民主的な制度を確立することだと主張した。ザカリアが非自由主義的な民主主義の台頭を民主主義内部の統治上の問題ととらえたのに対して、今回ガットは、非民主的資本主義の台頭を、資本主義という枠内での市場経済・民主主義に対する代替策、パワーバランス上の脅威ととらえている。

ポイントは、どちらの制度で人々がより幸福に暮らせ、世界がより平和になる可能性が高くなるかだ。だが、幸福感は相対的な基準だし、各国ごとに政治社会状況も違う。にもかかわらず、市場経済は、民主主義以上に普遍的なルールを厳格に受け入れることを前提としている。もめ事が絶えないのも、制度論争が簡単には決着しないのもこのためだ。いずれにせよ、ガットの論文は、フランシス・フクヤマの言う「歴史の終わり」の終わりを明確に宣言している。●

※(注1) ファリード・ザカリア「市民的自由なき民主主義の台頭」(日本語版1998年1月号)

(C) Foreign Affairs, Japan

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