Issue in this month

2006年8月号 悪事に報いない アメとムチのバランスを  

2006-08-10

2006年7月は、国際政治、経済金融上の「地政学リスク」が相次いで表面化した、波乱に満ちた月となった。問題を引き起こしたのは、北朝鮮という国家破綻途上にある「ならず者国家」と、ラシュカレトイバ、ハマス、ヒズボラという、問題国家が操る「イスラム過激派」だった。
6月下旬、イスラエルはガザ地区へ侵攻し、7月5日には、北朝鮮がミサイル実験を強行する。11日にはインドのムンバイでラシュカレトイバの犯行とみられる同時多発テロが起き、13日、イスラエルはレバノン南部へも侵攻した。ラシュカレトイバの背後にはおそらくパキスタンが、イスラエルとの衝突を挑発したヒズボラ(そしておそらくはハマス)の背後にはイランとシリアがいると言われ、特にイランの場合、北朝鮮のミサイルの発射にも立会人を送っていたと報道されている。
北朝鮮がミサイル発射を強行した結果、微妙ながらも重要な変化が北東アジアで起き始めている。事実、中国も韓国も「北朝鮮と距離を置き始め」、日米は対北朝鮮強硬路線を強めつつある。有志連合による北朝鮮の政権交代を目的とする封じ込め、制裁策が具体化しつつあるし、中期的には、朝鮮半島統一に向けた関係国の壮大な政治的ゲームが展開されることになるかもしれない。
むろん、こうした今後のプロセスは、これまで以上に大きなリスクを伴う非常に緊張したものとなる。しかし、経済改革を導入すれば体制と政権の存続が脅かされることを理解している北朝鮮が、核カードで関係国から支援をゆすり取って、政権と体制を永らえさせる手法をとっていることに対して、日米だけでなく、これまで「北朝鮮の不安定化は何としても回避したい」と考えてきた中国と韓国さえもが反発を示しだしたことの外交的意味合いは大きい(「北東アジア戦略環境を検証する」)。
中東はどうだろうか。イスラエルの中東問題研究者のバリー・ルービンは、イスラエルは「パレスチナ側に取引相手がいないこと」を前提に、占領地から一方的に撤退し、分離壁に即した防衛ラインを強化する新戦略へとすでに転換していると指摘し、防衛を強化しつつも、イスラエルへの攻撃に対する「軍事行動の権利を維持していくこと」が、戦略の中枢になると分析している(「イスラエルの新戦略とは何か」)。
今回の中東紛争と、国内でハマスとヒズボラが政治的に追い込まれ、イランとシリアが国際的圧力にさらされていたこととは無関係ではない。イランとシリアはこれまでヒズボラを操ってきたし、武器がイランからシリアを経由して、ヒズボラの拠点であるレバノン南部へと流れ込んでいたのも周知の事実だ。
実際、イスラエルを挑発し、紛争へと引きずりこんだ黒幕をイランとみなす専門家は多い。イランは、イスラエルを挑発して紛争を起こせば、イスラエルの同盟国であるアメリカと、パレスチナに同情的なヨーロッパとの関係にくさびを打ち込めるし、自国の核開発問題をめぐる国際的緊張を緩和させるためのカードに使えると考えたのかもしれない。しかし、安保理での制裁決議が着々と準備されている以上、イランの読みは外れたようだ。
国際政治の場では、これから多くを学んでいく子供には決して見せたくないような外交ゲーム、つまり、悪さをした子供にキャンディーを与え、おとなしくさせるというやり方が公然ととられてきた。ヤセル・アラファト時代から、パレスチナが暴力行為にでると、それをやめさせる代わりに、パレスチナにアメを与えるというやり方が繰り返されてきたし、北朝鮮の核開発が露見するとそれを凍結させる代わりに援助が与えられてきた。イランのウラン濃縮についても、それをやめれば援助と投資に道が開けるという枠組みで交渉が行われてきた。
各国が国益を競い合う国際社会において、市民社会並みの道徳を求めるのは無理としても、「悪事に報いて現状の安定を確保する」という解決策は、ここにきて明らかに破綻しつつある。国連安保理はといえば、自国の国益だけでなく、「勢力圏」の観衆を意識した諸大国の政治ショーと化している部分があるし、かといって、悪事には絶対に報いず、軍事的に報復するイスラエルのやり方を各国が踏襲できるわけでもない。北朝鮮、イラン問題を中心に、今後、「悪事に報いない程度のアメとムチのバランス」を見極める、各国指導者の外交手腕がますます問われることになりそうだ。●

(C) Foreign Affairs, Japan

一覧に戻る

論文データベース

カスタマーサービス

平日10:00〜17:00

  • FAX03-5815-7153
  • general@foreignaffairsj.co.jp

Page Top