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北東アジア戦略環境を検証する

FAJブリーフィング

2006年8月号掲載論文

日米を中心に各国が対北朝鮮金融制裁を強化するなか、今度は北朝鮮が核実験を準備しているという情報も出てきている。だが、今後を考える上で、7月のミサイル実験を境に、北朝鮮をとりまく戦略環境がすでに変化していることにも目を向ける必要がある。日本は地上配備型ミサイル防衛システムの配備にますます積極的になり、一方、北朝鮮の不安定化を恐れ、これまで慎重な姿勢をとってきた韓国と中国の立場も明らかに変化してきている。韓国はこれまでの北朝鮮関与政策を見直し始め、中国も北朝鮮関係口座の凍結へと踏み切った。ウィリアム・ベリー元国防長官は、「北朝鮮が核実験に踏み切れば、①北朝鮮は核兵器、核関連物質の輸出を試み、②アジア太平洋全域で核の軍拡レースが起き、③イランの核開発を事実上黙認せざるを得なくなり、その結果、イスラエルのイランに対する先制攻撃の可能性を含むまったく新しい問題がつくりだされる」と指摘している。

  • 中国と北朝鮮の関係
  • 北朝鮮の目的は何か
  • 韓国の立場は
  • アメリカの立場は

<中国と北朝鮮の関係>

――中国は北朝鮮へのいらだちを強めつつあるのか。

クリストファー・ヒル米東アジア太平洋担当国務次官補は、中国はわれわれ同様に(北朝鮮の行動に)困惑していると語り、「中国はこれまで北朝鮮にかなりの配慮をしてきたが、北朝鮮は中国の厚意に甘えるばかりで、その努力に報いようとはしない」とコメントしている。一方で、金正日が中国に対する不信感を強めているとする新聞報道もある。米国務省は、7月下旬に中国の4大国有商業銀行の一つである中国銀行がマカオ支店の北朝鮮関連口座を凍結したことを確認し、この動きを評価するコメントを出した。さらに、北朝鮮が核実験を準備しているという情報を前に、中国政府高官は、「核実験に踏み切れば、中国は北朝鮮にもう協力できない」と警告している。

――中国は北朝鮮に大きな影響力を持っているのか。

われわれが考えるほど、中国が北朝鮮に対して大きな影響力を持っているわけではないようだ。
モントレー国際研究所のダニエル・ピンクストンは、「アメリカ人は中国の北朝鮮への影響力を過大評価している」と言う。北京が、硬軟両路線を使い分けてこれまで何度も北朝鮮を6者協議のテーブルに着かせてきたように、「多くの面で中国が北朝鮮に対する影響力を持っているのは事実だが、……結局のところ、北朝鮮の軍事的な決定を左右するような力はない」と同氏は言う。
一方、アダム・シーガル(米外交問題評議会〈CFR〉アジア担当シニア・フェロー)は、すでに北朝鮮に膨大な投資をしている中国が「北朝鮮に完全に背を向けると考えるのも間違っている」と指摘する。

――中国にとって、北朝鮮との関係の問題点は何か。

北京にとっても、平壌は信頼できる同盟国ではない。スタンフォード大学のダニエル・スネイダーは次のように指摘する。「中国にとっても、北朝鮮とつきあっていくのは非常に難しい。両国の関係は決して穏やかではないし、北朝鮮の官僚たちは、中国の意向を無視する口実を常に探している」
また7月の弾道ミサイルの実験そのものが、中国の影響力を押し返そうとする北朝鮮の狙いだったとみる専門家もいる。実験は、「中国その他の諸国に自国の独立性をアピールしたいという意図の表れだった」とシーガルはみる。
北朝鮮は、中国のイメージを傷つけることを承知のうえで、北京の警告を無視してミサイルを発射したとする見方もある。また「チャイナ・マターズ」のブロガーは、ミサイル実験について、北朝鮮はミサイル実験を通じて東アジアの安全保障環境を不安定化させ、日本の核武装という中国にとっての悪夢を想起させることで、中国からさらなる援助を引き出そうとしていると指摘している。(注1)

――中国が北朝鮮に関与している目的は何か。

中国は、北朝鮮の安定化を図り、朝鮮半島での戦争を回避することを目的にしている。シーガルによれば「北朝鮮が崩壊し、中国との国境線が不安定化し、膨大な規模の北朝鮮難民が中国へと流れ込むことを北京は何よりも恐れている」。したがって、戦争、そして北朝鮮崩壊のリスクを高めるような平壌の行動は中国にとっても頭痛の種だとスネイダーは言う。
ただし、平壌が核実験というレッドラインを越えなければ、核保有に関するあいまいさを残した現状を中国と韓国は今後も受け入れるつもりではないかとスネイダーはみる。だが、シーガルは「中国は、北朝鮮が核武装を試みる目的は、対米抑止力を形成することにあるとみており、北朝鮮の核保有を受け入れることも視野に入れている」とみる。
とはいえ、北朝鮮の核武装化は北東アジアで軍拡レースを誘発する恐れがあり、すでに日本は防衛力を強化しだしている。とくに北朝鮮のミサイル発射後、日本は2006年度末から配備予定だった地対空ミサイル防衛システム(PAC3)の配備の前倒しと配備数の増強を検討していると報道されている。中国は日本の軍事大国化を強く懸念している。

――これまで北朝鮮は中国からどのような支援を引き出してきたのか。

中国は北朝鮮が必要とする食料とエネルギー資源の多くを提供している。北朝鮮は食料の70%、燃料の70~80%を中国から調達している。北朝鮮にとって中国は最大の貿易パートナーだし、現在中国内には30万人の北朝鮮人がいると考えられている。その多くは出稼ぎ労働者で、中国で働き、北朝鮮本国へと貴重なキャッシュを送金している。

――中国は北朝鮮を支援することでどのような利益を手にしているのか。

中国は北東部国境線を共有する北朝鮮の安定を望むとともに、北朝鮮が中国と韓国間のバッファーの役目を果たしてくれることを期待している。さらに、東アジアにおけるアメリカの軍事的支配状況、日本の台頭に対処していくうえでも、北京にとって北朝鮮の忠誠をつなぎとめることは重要だ。
北朝鮮への関与が中国に経済利益をもたらしている部分もある。ますます多くの中国企業が北朝鮮に投資しているし、特恵貿易や港湾利用権も得ている。中国の北朝鮮との貿易と投資は年間20億ドルに達する。「中国は北朝鮮経済と多くの利害を共有している」とピンクストンは言う。

――今後、中朝関係はどうなるのか。

今回のミサイル発射で緊張が生じたとはいえ、今後も中朝は一定の関係を保っていくと考えられる。双方とも、相手に大きな投資をしており、状況を大きく変えられないからだ。ただし、北朝鮮がさらにミサイルを発射したり、報道されているように核実験に踏み切るようであれば、中国がより強硬な路線をとるようになる可能性もある。関係国の多くは、北朝鮮が6者協議に復帰することを願っているが、仮に協議に復帰したとして、その後、どうなるかはわからない。

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