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政治・文化・社会に関する論文

1965年の独立以降、リー・クアンユーが中心となって組織した人民行動党政権は中央集権的な国家運営を行ってきた。その権力に対する監視体制も厳格ではなく、野党、市民社会、メディアは概しておとなしい。実際、この中央集権体制が効率的な統治を実現していると考える者は多く、シンガポール市民の大半は、「経済成長と引き換えに市民的・政治的自由が制限される」という暗黙の社会契約を長く受け入れてきた。だが、それも変化しつつある。すでに、シンガポールのさらなる発展にはさまざまな制約を緩和する必要があると考える改革派の要求とこれまでの中央集権型の枠組みを両立させるのは難しくなっている。近代国家シンガポールの原点を象徴するリー・クアンユーのオクスリー・ロードにある家の扱いをめぐるお家騒動は、まさに、この国の未来に関する二つのコースを描き出している。

グローバリズムとナショナリズム
―― トランプが間違っている理由

2017年8月号

Or・ローゼンボイム 英クィーンズカレッジ リサーチフェロー(政治学)

「グローバリズムは国家主権とはなじまない」と考えるのは間違っている。戦後における国際的な「つながり」の高まりによって、国家という政治単位やコミュニティが否定されたわけではない。現実には、国家、帝国、ヨーロッパ連邦、非国家コミュニティ、国際機関などのあらゆる政体が、戦後の「つながりを深めた新世界」への適応を迫られた。世界がつながり、一つに向かっているとしても、政治的・文化的な同質化が不可避だったわけでも、望ましかったわけでもない。政治単位としての国家を廃止し、愛国主義的イデオロギーを禁止することを求めたグローバリストは殆どいなかった。むしろ、有力なグローバリズムの思想家たちは、安定し、繁栄する平和な世界秩序を形作るには、統合と多様性のバランスをとる必要があると考えていた。

低成長と生産性成長の鈍化
―― 政府にできることは限られている

2017年8月号

マーク・レヴィンソン 元米外交問題評議会シニアフェロー

世界経済の短期予測には楽観ムードがあふれているが、長期的にみれば、生活レベルを左右する生産性の向上には多くを期待できない状況にある。先進諸国における生産性は40年以上にわたって停滞し続けているし、この状況に対して政府ができることはいまやほとんどない。かつては教育やインフラの投資によって、生産性の成長に政府が一定の役割を果たすことができた。しかし、生産性を高める上で大きなインパクトをもつ、これらの措置は繰り返せない。渋滞する2車線の道路を高速道路に置き換えることに比べると、新しい高速への入り口を作ることの経済効果は限られている。人工知能、仮想現実、ナノテクノロジーなどのイノベーションが今後、生産性の向上をもたらすかもしれない。だが、そうならなければ、世界は低成長と低い生産性成長を特徴とする現状を抜け出せないままだろう。

テロ組織はどのように資金を調達しているか
―― なぜ銀行システムの監視は無意味なのか

2017年8月号

ピーター・ノイマン ロンドン大学キングズ・カレッジ教授(安全保障研究)

各国は長年、テロには金がかかるという思い込みゆえに、テロ組織が国際金融システムにアクセスするのを阻止しようと試みてきたが、このアプローチでテロを抑止できた証拠はない。ほとんどのテロは、数百ドル単位のごくわずかなコストでも決行でき、テロ組織の多くは国際金融システムを使うことはない。骨董品や石油、タバコ、模倣品、ダイヤモンド、象牙などの密輸から資金を得ることもあれば、イスラム国(ISIS)のように支配地域の天然資源を食い物にして資金を確保することもある。あるいはヨーロッパのジハーディストのように、社会保障給付や個人的な借入れでテロを決行する人物たちもいる。国際金融システムに焦点を合わせるのは、時間と資金を浪費するだけで、テロの抑止にはつながらない。

リークと嘘と中国の権力闘争
―― 暴露の応酬で揺らぐ共産党の未来

2017年8月号

ラッシュ・ドーシ ハーバード大学フェロー、ジョージ・イェン ダートマス・カレッジフェロー

「習近平国家主席は、彼の盟友で反政治腐敗キャンペーンを統括している王岐山を罪に問える情報を探していた。・・・習は王を信用していない」。汚職の嫌疑をかけられアメリカに脱出している郭文貴の「習と王の盟友関係が見かけほど安定したものではなかったこと」を示唆するこの暴露発言が、共産党全国代表大会を控える中国の政界に大きな衝撃を与えている。習が官僚の役割を周辺化し、権力を自らに集中させる一方、王は習の政敵たちを政府腐敗の捜査対象にして失脚させてきた。習と王の関係を悪化させることを意図していると思われる郭文貴の発言の背後には、これまで政治腐敗キャンペーンの主なターゲットにされてきた江沢民派の高官たちが郭に取引を持ちかけた結果ではないかと憶測する声もある。・・・

エジプトにおけるキリスト教徒の未来
―― ISISによるコプト教徒の民族浄化

2017年8月号

ニナ・シーア ハドソン研究所・宗教的自由研究センター ディレクター

イスラム過激派が、イラクのキリスト教徒やヤジディ教徒コミュニティ同様に、エジプトのコプト教徒コミュニティの組織的破壊を進めるのを放置すれば、中東の宗教地図は大きく塗り替えられる。特に、約900万人に達するエジプトのコプト教徒は、中東地域における最大のキリスト教集団、最大の非ムスリム集団だ。イスラム国は、シナイ半島北部の小規模なキリスト教コミュニティをすでに粉砕している。今後彼らが、他のエジプト地域で自爆テロなどの攻撃を通じて、数百万のコプト教徒たちを恐怖に陥れれば、大規模な難民がイスラエルやヨルダン、そして地中海を経てヨーロッパを目指すようになるかもしれず、この場合、エジプトとその近隣諸国はこの先数十年にわたって不安定化することになる。

中国債務危機のグローバルな衝撃
―― 「政治的」サプライサイド改革の限界

2017年8月号

エドアルド・カンパネッラ ウニクレディト  ユーロゾーン・エコノミスト

中国企業の債務レベルは、対国内総生産(GDP)比170%と、歴史的そして世界的にみても、危険水域に突入しつつある。危機を回避しようと北京は中国流サプライサイド改革、つまり、生産制限と(極端に安い融資を通じた)需要管理策を組み合わせたポリシーミックスをとっている。たしかに、このやり方で債務に苦しむ企業も一時的な収益増を期待できるが、工場渡し価格の上昇によっていずれ消費者はインフレに直面する。同時に、衰退する国有企業を対象とする救済策は、必要とされる産業システムの再編を先送りし、しかも最終的にはより深刻度を増した債務問題に直面することになり、その余波は世界に及ぶだろう。北京が危機の先送り策をとっているのは、国有企業が倒産すれば、金融も政治も社会も不安定化することを恐れているからだが、債務の肥大化を放置すれば、共産党の支配体制だけでなく、世界経済を大きな危険にさらすことになる。

ヤジディ教徒の虐殺
―― イスラム国による殺戮と誘拐の人口動態的証拠

2017年8月号

バレリア・チェトレッリ ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス リサーチオフィサー アイザック・サッソン テルアビブ大学助教(社会学) ナザール・シャビラ ホーラー医療大学助教(公衆衛生) ギルバート・バーンハム ジョンズ・ホプキンス大学教授(国際公衆衛生)

イスラム国がイラクの宗教的少数派、ヤジディ教徒の虐殺を行っていることはかねて明らかだったが、その残虐行為の全貌は依然としてはっきりしない。われわれがイラクの避難民キャンプで実施した聞き取り調査によれば、2014年8月の数日間で殺害または拉致されたヤジディ教徒は9900人前後。このなかで、殺害されたと推定される3100人のうち半数近くは銃や斬首によって処刑されるか、焼き殺され、残りの6800人は拉致されたようだ。イスラム国による拘束から脱出した者たちの話によれば、拉致されたヤジディ教徒は強制的に改宗させられたり拷問を受けたり、性奴隷にされたりするなどの虐待を受けていた。・・・

米欧中関係のパワーシフト
―― 欧中新時代の到来か

2017年8月号

ニコラ・カサリーニ 国際関係研究所ディレクター(アジア担当)

イギリスは、これまでヨーロッパを大西洋同盟の枠内に着実につなぎ止めようと試みてきた。そうすることがさほど難しくなかったのは、アメリカもまたヨーロッパとの同盟関係の維持を望んでいたからだ。しかし、そのような米欧関係の構図もイギリスが欧州連合(EU)を去り、トランプの言動がヨーロッパを離叛させるなか、形骸化しつつある。この環境では、ヨーロッパにとって、アメリカの優位を脅かす恐れのあるほぼすべての課題をめぐって中国との関係を強化していくことが合理的になる。しかし、ここで選択を間違うのは危険だろう。欧中同盟が形成されるとしても、それは強固な絆というより、むしろ、ブレグジットの余波と欧中が共有するトランプに対する反感が引き起こす政略結婚のようなものだからだ。しかし、ほんの数ヵ月前までは考えられなかった新しい中国とEUの関係が生まれようとしている。・・・

なぜサウジは判断を間違えたか
―― 対カタール強硬策の代価

2017年8月号

バッシマ・アル・グサイン アル・グサイン・グローバル戦略 最高経営責任者
ジェフリー・ステーシー ジオポリシティUSA マネージング・パートナー

湾岸協力会議(GCC)はカタールに対して、イランとの関係遮断からアルジャジーラの閉鎖までの13の要求を突きつけ、その受入期限を6月2日に設定した。しかし、カタールは何一つ要求に応じなかった。サウジが主導するカタール封鎖路線には明らかに問題がある。カタールとイランの関係を問題視しているにもかかわらず、経済封鎖で追い込まれたカタールは食糧をイランやトルコから急遽輸入せざるを得なくなり、皮肉にも、カタールを両国の懐へと送り込んでしまった。カタールをイランにさらに接近させただけでなく、地域的な安定と通商の基盤であるGCCの連帯も揺るがしてしまった。なぜリヤドがかくも大きな失策を犯したのか。「カタールは身の丈に合わない野望を抱き、サウジの支配的影響力を脅かしている」とリヤドが考えていることが、その背景にある。・・・

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