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2007年1月号 知識人が政策立案に果たす役割    

2007-01-10

最近の米外交問題評議会(CFR)ミーティングで、「大構想を具体的な政策へとつなげること、マクロから導き出されたミクロの視点を持つこと」の重要性を指摘したリチャード・ハースCFR会長は、アカデミックな研究の政策面での詰めの甘さを批判した。一方、先月号に掲載されたヒラリー・クリントンの演説(「ヒラリー・クリントンが語る 世界を混乱に陥れたブッシュ外交」日本語版2006年12月号)は、理念や構想を基に政策を柔軟に導き出すための細かなロジックで組み立てられていた。

一般に、アカデミックな研究を政策として具体化していくには、政策通の知識人、社会派知識人の手を借りる必要がある。一方、政策のプロである政治指導者や政策決定者が、アカデミックな研究者が得意とする理念や構想を重視するのは、それが世論への大きな説得力となり、引いては政治的正統性を強化してくれるからだ。また、いわゆる知識人の場合、一般に政策の詳細には立ち入らないが、歴史、文化、思想をめぐる奥深い理解を基に、通常とは全く異なるアングルから問題を切り分けて、解決への方向性を示す。この点で、社会現象へのコメントを出すだけの評論家と知識人は質的に異なる。知識人によるスケールの大きな分析と議論はわれわれがいまどこにあり、今後どの方向へ進むべきかについての洞察を与えてくれる。

今月号のリー・クアンユーの論文(「アメリカ、イラク、そして対テロ戦争」)はまさにその具体例だ。「異なる時代に異なる地域で生を受けていれば、彼はチャーチル並みの世界的名声を手にしていたかもしれない」とニクソン元大統領がリーを高く評価したのは、彼がチャーチル並みの歴史、文化への理解を持ち、政治的・戦略的洞察を備えた知識人であることをニクソンが見抜いていたからだ。

リーは、イラク戦争期と冷戦期の米外交を対比させるだけでなく、日本軍のシンガポール占領政策と米軍のイラク占領政策を比べるという意表を突くアナロジーで、なぜアメリカがイラクで困難な状況に直面しているかを説明する。冷戦期のような多国間協調路線を無視してアメリカが孤立した結果、イスラム過激派を勢いづけ、シンガポールに進駐した日本軍とは違って、現地の秩序維持のためのツールをアメリカがイラクで解体したことが現状の混乱を招き、現地の文化と歴史に配慮せずに、選挙だけで民主主義を導入できると考えたことが混乱をさらに深刻なものにした、と彼は分析する。アフガニスタンからソビエト軍を、イラクから米軍を追い出したとなれば、ジハードの戦士はますます大胆な路線をとるようになると警告するリーは、米軍の早期撤退に反対し、アメリカが、イスラム穏健派諸国を含む世界規模の連帯を国際協調路線でまとめるように提言している。

一方ドミニク・モイジは、現在の世界政治の理解を助ける枠組みとして「感情の衝突」というパラダイムを示している。西洋世界はテロを前に「恐れの文化」に揺れ、アラブ・イスラム世界は文明の衰退に伴う「屈辱の文化」にとらわれ、一方、アジア地域の多くは「希望の文化」で覆われているとモイジは世界を切り分けてみせる。彼は、恐れの文化に揺れる西洋と、屈辱の文化から「憎しみの文化」へと過激化しつつあるイスラム世界の対立を「感情の衝突」というパラダイムで説明し、こうした「感情の衝突の傍観者」であるアジアは、数多くのリスクファクターを抱えつつも、「経済成長が続く限り」、希望の文化を維持できると予測する。リーにせよ、モイジにせよ、現実を支える現象面での適切な歴史的、文化的理解のうえに、今後を大きなスケールで展望している。

一口に政治・外交系の知識人といっても、さまざまなタイプがある。政治指導者と知識人としての二つの顔を持つリー・クアンユーやクリストファー・パッテン。民間に身を置きながら、政府に提言するフランスのモイジやイギリスのT・ガートン・アッシュ。ジョセフ・ナイやリチャード・ハースのようなアカデミックな政策通などだ。そして、こうしたさまざまな知識人のためのフォーラムを提供しているのが高級紙のop-ed(論説)ページやフォーリン・アフェアーズのような雑誌だ。

さまざまなタイプの知識人、あるいは大構想や理念に乏しいためか。論争の受け皿となるフォーラムが確立されていないためか。この国では、各国の歴史、文化、思想への理解を背景に、通常とは全く異なるアングルから問題を切り分けて、われわれがどこにあり、どの方向へ進むべきかについての刺激的な議論に触れる機会はそう多くはない。●

(C) Foreign Affairs, Japan

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