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2006年3月号 先鋭的な経済と情緒的な政治  

2006-03-10

1950年1月、ディーン・アチソン米国務長官は、ワシントンのナショナルプレスクラブで国家安全保障文書NSC48―2の内容を踏まえた有名な演説をする。彼は、このスピーチで「アリューシャン、日本、沖縄を経て、フィリピンを結ぶ」線をアメリカの不退転防衛ラインと定義した。
それから半世紀以上を経た現在、ペンタゴンは西アフリカから中東、中央アジアを経て、東南アジアへと至る線を戦力増強ラインとみなしている。冷戦と9・11を経たアメリカの主要な防衛ラインは、かつての中国大陸に沿ったほぼ「垂直のカーブ」から、西アフリカから中東、ユーラシア南部から東南アジアへと至るほぼ「水平のカーブ」へと移動したことになる。これは、対テロ・地域紛争シフトに他ならない。
だが、20世紀型紛争のリスクもなくなってはいない。中国が台頭し、ロシアが大国としての特質を失い、アメリカがほぼ単独で中東の地に足を踏み入れたことによって、世界は新旧の課題に直面している。東アジアも例外ではない。中国の地域的影響力が増大し、アメリカの影響力は低下し、中国とロシアや韓国との関係が強化されつつある。
今後3~7年という時間枠でみれば、東アジアの戦略秩序は、戦略的要地である朝鮮半島の統一問題、そして中国の台頭に派生する問題によって流動化していくと考えてもおかしくはない。すでにさまざまな現象が起きている。
アメリカから次第に距離を置きつつある韓国は、統一朝鮮の役割を日中対立や米朝対立といった問題の仲介・調停を担う地域的バランサーに据えつつあるとみる専門家もいる(「東アジアで新たな役割を模索する韓国」)。一方、中国の東南アジアにおける経済的・政治的な影響力の増大を前に、日本は開発援助や投資の強化で対抗し、アメリカも、インドネシアとの軍事関係の見直しなど、同地域への軍事関与を強化しつつある。
昨今の日中対立もそうした現象の一つだろう。日本研究者のケント・カルダーは、中国が台頭する一方で、日本が低迷に甘んじた結果、いまや「台頭する国家」と「成熟した国家」の抗争の舞台が生まれていると指摘し、東アジアにおけるパワーと恐れへの認識の揺れが大きな危険をつくり出しかねないと警鐘を鳴らす。カルダーは「日中関係はどこへ向かうのか」で、日本と中国が、靖国神社問題など、とかく政治論争となりがちな歴史問題に気をとられることなく、関係の安定化に取り組めるようにするにはどうすればよいかの処方箋を示している。別の言い方をすれば、お互いの違いでなく、共有する利益に目を向けられるような政治環境をどうすればつくれるかを提言している。
この点では、いつの時代にも、政治、外交や社会制度よりも、経済が一歩先を行っていることが多いことを認識することも重要だろう。市場経済のなかで変化する環境への効率的な対応を余儀なくされ、つねに新しい手法、新しい何かを追い求めるビジネスエリートたちは本質的にリベラリストだからだ。
現在の国際政治上の現象の多くが、中国が台頭し、ロシアが大国としての特質を失い、アメリカがほぼ単独で中東の地に足を踏み入れたことで説明できるように、昨今の経済現象の多くはコンピューターによる情報・技術革命で説明できる。
1990年代のアジア経済の奇跡も、製品の組み立てプロセスをコンピューターで三次元画像として表現できるようになったからこそ、実現したと言われる。そして、いまやオフショアリング(外国へのアウトソース)が第三次産業革命への道を開きつつあるとプリンストン大学のエコノミスト、アラン・ブラインダーは指摘する。彼は、「オフショアリングが誘発する次なる産業革命」(日本語版2006年4月号掲載)において、電子送信によって質をほとんど低下させることなくアウトソースできる雇用は今後先進国から途上国へ移動し、第三次産業革命と呼ぶにふさわしい産業構造の変化を先進国にもたらし、貿易政策、教育システム、社会保障プログラム、そして政治そのものが新しい現実に対応しなければならなくなると指摘する。高い教育とスキルが先進国における高賃金雇用につながるという前提は崩れていく、と。
南米、インド、中国と世界規模でのアウトソースを行う米企業だけでなく、日本企業も、政治的には対立している中国の大連にある大規模なバックオフィス、アウトソースセンターをすでに利用しはじめている。政治が保守的になりがちであるのに対して、経済はつねにリベラルである。政治、経済、文化、歴史の流れのバランスをどうとるか、情報化時代にあって、各国の指導者の舵取りは今後ますます難しくなる。●

(C) Foreign Affairs, Japan

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