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2005年12月号 人畜共通感染症と鳥インフルエンザ  

2005-12-10

人へのウイルスの感染リスクが低い状態を1、パンデミック(世界的大流行)を6とする世界保健機関(WHO)の鳥インフルエンザに対する警戒のレベルは現在レベル3とされている。「鳥インフルエンザの人から人への感染」はレベル4。対策によって警戒レベルを3で長期的に維持できるのか、あるいはレベル4に突入してしまうのか。国際社会はその瀬戸際に立たされている。多くの専門家が指摘するように、鳥インフルエンザが今はやりだせば、抗ウイルス薬、事後的に開発されるワクチンの処方以外、世界にできることはほとんど何もない。
鳥インフルエンザ(H5N1)ウイルスは渡り鳥から鶏に、鶏から人を含むほ乳類に感染を広げて変異し、ついには人から人への感染力をもつようになる危険を秘めている。W・カレシュとR・クックは、国境、そして生物種の違いなどおかまいなしの広がりをみせるこうした感染症の脅威に対して、国際社会は全く無力であると力説する。鳥インフルエンザを含む現在確認されている1415の感染症の60%以上が動物と人間双方への感染力をもっているにもかかわらず、人、家畜、野生動物の感染の連鎖を包括的にとらえる世界的な対応メカニズムは存在しない、と。
人の疾病をもっぱら扱うWHOにしても、公式に要請を受けた国にしか関与できず、「国内で発生している感染症について把握していないか、感染症の流行を隠しておきたい国に対しては行動を取りにくいし、米疾病管理センターも、要請を受けない限り、外国への介入はできない」と彼らは指摘する。
現在、鳥インフルエンザをめぐって東南アジア、そして、実に130億羽の鶏を食用に飼育し、渡り鳥の飛行ルートにあたる中国の状況に大きな関心が集まっている。だが、北京が鳥インフルエンザ問題をめぐって十分な情報公開をしているとは断言できない。中国問題の専門家エリザベス・エコノミーは、中国政府には「深刻な状況を公開することへのためらいがみられる。……さらに深刻なのは、地方から正確な情報が寄せられているかどうか、北京の指導者自身、確信がもてずにいることだ」と状況を憂慮する(「ブッシュ政権の対中、対日政策を検証する」)。
問題はウイルス感染に関する適切な情報公開が行われるかどうかだけではない。カレシュとクックは、感染源となる野生動物の国際取引が増大し、しかもその多くが食用とされていること、食肉需要の高まりを受けて、狭いスペースに鶏などの家畜が詰め込まれて飼育されているために感染が広がりやすいこと、家畜の餌に混ぜて抗生物質が使用されているために、薬剤耐性をもった強力な病原体の出現を助長していることなどが、人畜共通感染症のリスクを必要以上に高めていると指摘し、人から人へ感染する前段階、つまり、感染症の上流での対策を講じる必要性を説く。
感染症は(人、家畜、野生動物などの)生物種や(医学、獣医学などの)学問領域の垣根を超えて発生することを踏まえた、包括的な対応メカニズムを構築しない限り、人類は存亡の危機に直面する、と彼らは言う(「人畜共通感染症の脅威」)。
最近、鳥インフルエンザに関する国の行動計画を公表した厚生労働省は、推計される国内の死者数を64万人と見積もっている。だがこの数字さえも、控えめな推定かもしれない。CFRの公衆衛生の専門家であるローリー・ギャレットは、11月9日の米議会における証言で、現在のH5N1の致死率は55%で、人から人に感染するようになれば、最悪の場合、世界で3億6千万人が犠牲になり、アメリカ国内だけで170万人が死亡する恐れがあると証言し、世界各国でこれに似た比率でウイルスによる犠牲者が出ると指摘している。
人から人への感染、つまりレベル4に突入すれば、犠牲者の増大だけでなく、国境線を越えた貿易と人の移動も滞り、経済の生産性も低下し、その経済コストも膨大な規模に達すると考えられている。世界銀行は、H5N1によるパンデミックによって世界経済が被るダメージを1兆3500億ドルと試算している。ギャレットは米議会で次のように述べている。「アジアではH5N1ウイルスが9年前から確認されていた。いまやこのウイルスはヨーロッパでも確認されており、あと60日から90日もすれば、アフリカのサハラ砂漠以南の地域で確認されることになるだろう」。世界核戦争並みの脅威に人類社会は直面しつつある。●

(C) Foreign Affairs, Japan

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