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チャベス革命の虚構
――無謀な理想主義者の挫折

フランシスコ・ロドリゲス/元ベネズエラ国民議会チーフエコノミスト

An Empty Revolution

Francisco Rodriguez ウェスリアン大学准教授(経済学およびラテンアメリカ研究)。2000~2004年までベネズエラ国民議会チーフエコノミスト。

2008年5月号掲載論文

「貧困層に優しいチャベス」という仮説は、事実からかけ離れている。石油高騰からの経済ブームの恩恵を貧困層に再分配するという点で、チャベス政権が過去のベネズエラの政権と異なる措置をとってきたことを示す証拠は、驚くほど少ない。実際には、「チャベスの経済モデル」に画期的なところは何もない。多くのラテンアメリカ諸国が1970年代から1980年代にかけて経験したのと同じ、破滅的な道のりをたどっているだけだ。チャベス政権がその貧困対策の偽りの「成果」をうまくアピールできた最大の理由は、おそらく先進国の知識人や政治家が、ラテンアメリカの開発問題は、金持ちで特権的なエリート層による貧しい大衆の搾取にあるというストーリーを安易に信じ込んでいたためだ。19世紀ならともかく、この見方を現状判断の枠組みにするのは間違っている。

  • 実体のない改革
  • 誇張された「チャベス・モデル」の成果
  • 政治がベネズエラ経済をむしばんだ
  • チャベス・モデルの崩壊

<実体のない改革>

2007年12月2日の国民投票で、ウゴ・チャベス大統領が9年ぶりに政治的に敗北したことには、多くの専門家が驚きを隠せなかった。チャベスが提案していた大統領の権限の拡大、大統領任期制限の撤廃、そして「社会主義」経済への移行などを盛り込んだ憲法改正案は反対50・7%で否決された。
わずか1年前の大統領選で62・8%の支持を得て、3期目(6年)に突入していたチャベスにとって、これは大きな敗北だった。専門家は大慌てで敗北の理由を探したが、結局、彼らが指摘できたのは、新たな学生運動の展開、チャベス陣営からの有力グループの離脱といった部分的な要因だけだった。だが、そもそもなぜチャベスは、これほど長期にわたって権力を維持してこられたのか。この問いに対する従来の説明に疑問を投げかける者はほとんどいない。
チャベスの統治が独裁的なのか民主的なのかについては意見が分かれているが、彼が従来の権力者とは違って、貧困層に恩恵を与えることを最優先課題にしてきたという点には誰もが同意している。
「チャベス政権は補助金を通じて食料品を低価格で貧困層に供給し、土地と富の再分配を行い、急成長する石油産業から得た資金を保健や教育に投じてきた。長い間、金持ちのエリート層に政治が独占されてきたベネズエラで、チャベスが貧困層の根強い支持を受けているのはこうした理由からだ」
これが一般的な見方だ。
たしかに、こうした説明は、ラテンアメリカ社会・経済の大きな格差に憤慨する多くの人々にとっては、説得力があるかもしれないが、こうした状況のとらえ方は間違っている。
政府の統計、独立機関の推計に目を通しても、チャベスが貧困層に恩恵をもたらすために政策の優先順位を変えたという証拠は出てこない。保健指標や人間開発指標を見ても、石油ブームによる底上げを上回るような大きな改善はみられない。それどころか、憂慮すべきレベルへと悪化している指標もあるし、政府の推計でも所得格差は拡大している。「貧困層に優しいチャベス」という仮説は、事実からかけ離れている。
私がこのように懐疑的な見方をするようになったのは、ベネズエラ国民議会のチーフエコノミストを務めてからだ。2000年9月、私はアメリカの学界を離れて、米議会予算局(CBO)と似た機能を持つベネズエラ議会の調査チームを率いることになった。チャベス政権に大いに期待していた私は、貧困や格差との闘いを誓う政府で働くことに大きな意義を感じていた。しかし、政府の言っていることと現実の間に大きなギャップがあることに気づくのに、そう時間はかからなかった。
国民議会で働き始めるや、私は貧困削減計画を実施する社会基金(FUS)の財源不足をめぐって政府と衝突した。FUS設立法には、FUSに石油からの収益の分配を義務づける特別条項が盛り込まれていた。ところが石油からの収益が増え始めても財務省はこの条項を無視し続けた。2001年度予算でFUSに分配されたのは前年比15%減の2億9500万ドル。法律に基づいて計算すれば11億ドルになるはずだが、その3分の1にも満たなかったのだ。
私のオフィスがこの矛盾を指摘すると、財務省は、FUS管轄下にないプログラムへの資金をFUSへの予算配分に組み込むための会計操作を行った。だが現実には何の変化もなかった。石油からの収益は急増しているのに、予算は貧困層対策とはおよそ関係のない領域へと振り分けられていた(政府内の強硬派は私のオフィスによる批判に激怒して即座に私の更迭を求めた。政策を評価するには独立した調査チームが必要だと理解していた穏健派が、2004年にチャベスと袂を分かつと、私のオフィスはついに解体された)。
チャベスが政治的成功を収めたのは、その社会プログラムが大きな成果を上げたからでも、富の再分配がうまく進んだからでもない。むしろ運がよかったのと、政治システムをうまく操作したおかげだ。要するに、1970年代以降最大の原油高騰でベネズエラ経済が力強い成長をみせているときに、選挙が行われたにすぎない。
どの国の有権者もそうだが、ベネズエラ人も自分の暮らし向きをもとに投票する傾向がある。だが、経済運営に失敗し、貧困層の味方になるという約束を守らなかったツケがついにチャベスに回ってきた。インフレが加速し、食料品も欠乏し、基本的な社会サービスも満足に提供されていない。こうしたなか、民衆もチャベスの経済政策がもたらしたものが何であるかにやっと気づき始め、その結果に不満を募らせつつある。

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