Timofeev Sergey / Shutterstock.com

欧米はロシアへの約束を破ったのか
―― NATO東方不拡大の約束は存在した

ジョシュア・R・I・シフリンソン  テキサスA&M大学准教授

Put it in Writing

Joshua R. Itzkowitz Shifrinson テキサスA&M大学准教授。ハーバード大学ベルファーセンター国際安全保障プログラム・アソシエートなどを経て現職。専門は外交史、戦略など。

2014年12月号掲載論文

「NATOゾーンの拡大は受け入れられない」と主張するゴルバチョフ大統領に、ベーカー米国務長官は「われわれも同じ立場だ」と応えた。公開された国務省の会議録によれば、ベーカーはソビエトに対して「NATOの管轄地域、あるいは戦力が東方へと拡大することはない」と明確な保証を与えている。この意味ではNATOを東方に拡大させないという約束は明らかに存在した。約束は文書化されなかったが、東西ドイツは統合し、ソビエトは戦力を引き揚げ、NATOは現状を維持する。これが当時の了解だった。ドイツ統一に合意すれば欧米は(NATOの東方拡大を)自制するとモスクワが考えたとしても無理はなかった。しかし、「ワシントンは二枚舌を使ったという点で有罪であり、したがって、モスクワのウクライナにおける最近の行動も正当化される」と考えるのは論理の飛躍がある。・・・・

  • 東方不拡大の約束は存在したか <部分公開>
  • ベルリンの壁崩壊と米ソの取引
  • 解釈の余地はあるか
  • ロシアの懸念をいかに緩和するか

<東方不拡大の約束は存在したか>

1990年の東西ドイツ統合をめぐる交渉で、アメリカはソビエトに対して東ヨーロッパに北大西洋条約機構(NATO)を拡大させないと約束したのだろうか。この問いにどう答えるかをめぐって論争が続いている。

モスクワは「欧米はNATOを拡大させてロシアの裏庭に手を出すようなことはしない」という約束を破ったと主張し、ウクライナ侵略を正当化している。一方、欧米の懐疑派は、「ロシアは侵略の口実としてそうした約束を引き合いに出しているだけで、実際には、ワシントンと同盟諸国はロシアに対してNATOを拡大しないと公的に約束してはいない」と主張している。たしかに、東ヨーロッパにおけるNATOのプレゼンスについて双方は約束を文書化していない。だが、懐疑派は1990年の交渉の正確な意味合いを取り違えているようだ。

国際政治におけるインフォーマルなコミットメントに効力があることは研究者も政策担当者も長く認めてきたし、特に冷戦期はそうだった。歴史家のマーク・トラクテンバーグが示しているように、冷戦枠組みは1950年代末から1960年代にかけてのヨーロッパ、ソビエト、アメリカの外交構想によって形作られたが、その後10年にわたって公的には制度化されなかった。

そうだとすれば、ウクライナでいかに問題のある行動をとったとしても、モスクワは「欧米は約束を破った」と批判できるかもしれない。解禁された米外交文書をみると、ジョージ・H・W・ブッシュ政権とヨーロッパの同盟諸国の指導者たちは「ソビエトが軍事プレゼンスを後退させても、NATOは現状を維持する。ヨーロッパのポスト冷戦秩序は双方にとって受け入れ可能なものになる」と、クレムリンの指導者たちを懸命に説得しようと試みている。

だがアメリカの政策決定者は、本当はそう考えていなかったかもしれない。最近のロシアの行動は批判されて当然だが、一方で「欧米は約束を破った」という彼らの主張に嘘はないのかもしれない。結局のところ、実現するとソビエトに約束した秩序をワシントンは構築していない。

この論文はSubscribers’ Onlyです。


フォーリン・アフェアーズリポート定期購読会員の方のみご覧いただけます。
会員の方は上記からログインしてください。 まだ会員でない方および購読期間が切れて3ヶ月以上経った方はこちらから購読をお申込みください。会員の方で購読期間が切れている方はこちらからご更新をお願いいたします。

なお、Subscribers' Onlyの論文は、クレジットカード決済後にご覧いただけます。リアルタイムでパスワードが発行されますので、論文データベースを直ちに閲覧いただけます。また、同一のアカウントで同時に複数の端末で閲覧することはできません。別の端末からログインがあった場合は、先にログインしていた端末では自動的にログアウトされます。

(C) Copyright 2014 by the Council on Foreign Relations, Inc., and Foreign Affairs, Japan

Page Top