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経済成長への期待と憂鬱な現実
―― 「奇跡の世界後」の経済に備えよ

ルチル・シャルマ モルガン・スタンレー  チーフ・グローバルストラテジスト

The Boom Was a Blip: Getting Used to Slow Growth

Ruchir Sharma モルガン・スタンレー投資マネジメント チーフ・グローバルストラテジスト、新興市場担当統括者。著書にThe Rise and Fall of Nations: Forces of Change in the Post-Crisis Worldがある。

2017年6月号掲載論文

人口減少、レバレッジの解消、脱グローバル化が成長を阻む大きな障害となっている以上、各国の政策決定者たちは経済的成功の定義を見直し、力強い経済成長の指標を1―2%引き下げるべきだろう。この基準でみれば、中国の場合、成長率4%で比較的力強い成長とみなせるし、アメリカのような先進国の場合、1・5%を上回る成長率なら健全な状態にあると考えるべきだ。問題は、こうした経済的成功の新しい定義を理解するか、受け入れている政治指導者がほとんどいないことだ。中国は6%の経済成長を維持しようと試み、アメリカの政治指導者も4―6%の経済成長を目指すと発言している。こうしたレトリックは期待と現実の間のギャップを作り出してしまう。世界のいかなる地域も2008年前のような急速な経済成長を遂げることはあり得ないし、そう期待すべきでもない。われわれは「奇跡の世界後」に備えるべきタイミングにある。

  • 新しい現実
  • 人口減少と金融危機
  • グローバル化の衰退
  • 期待を引き下げよ
  • ポピュリスト路線は何を引き起こすか
  • 変化する経済地図
  • ポピュリストの政治手法と国際的混乱
  • 低成長というニューノーマル

<新しい現実>

 

2009年のグレート・リセッションから世界経済が回復し始めてすでに8年が経過したが、その余波はいまも続いている。経済が回復していることは祝福すべきだが、問題はそれに勢いがないことだ。グレート・リセッション以降、世界経済の平均成長率はわずか2・5%。これは、第二次世界大戦後の数十年に起きた劇的な経済のリバウンドとは比べようもない、かつてなく低調な数字だ。専門家の多くは、低成長ながらも経済が回復しつつあることを喜ぶのではなく、むしろ、世界経済をこの低成長の罠から解き放つ方法を何とか見つけ出そうと試みている。エコノミストや投資家のなかには、アメリカのトランプ大統領のようなポピュリストの政治家が再び経済を速やかに上向かせることができれば、世界各国もその流れに続くだろうと考える者さえいる。

しかし、長期にわたって世界経済がかくも低調である以上、経済成長の鈍化が一時的な現象なのかどうかを考える価値はある。エコノミストやビジネスの指導者たちは「2・5%の成長ではあまりにもペースがゆっくりしすぎている」と不満をこぼすが、1800年代まで、世界経済が長期的に急成長を遂げたことはないという事実を認識すべきだ。実際、持続的に1%を超える成長を維持できたことは一度もなかった。

18世紀末に産業革命が始まって以降も、世界経済の成長率が2・5%を超えることはほとんどなかった。グローバル経済が数十年にわたって4%近い成長を遂げるようになったのは、第二次世界大戦後のベビーブーム期を迎えてからだ。しかし、この時代が例外であることを理解しなければならない。

現在の経済成長の鈍化は三つのD、つまり、人口の減少(depopulation)、レバレッジの解消(deleveraging)、そして脱グローバル化(deglobalization)で説明できる。

第二次世界大戦後から2008年のグローバル金融危機まで、グローバル経済は爆発的な人口の増大、投資と生産性の向上を促した借入ブーム、そして国境を越えたヒト、モノ、カネの流れによって大きく刺激されてきた。だがいまや、この三つのトレンドはいずれも急速に後退し始めている。戦後に比べて、家庭の子どもの数は少なくなり、銀行はグローバル金融危機前のようには融資に応じなくなった。各国の国境を越えた貿易取引も減少している。

理想的な世界であれば、政治指導者たちはこの新たな現実を見据えて、経済的期待を下方修正するはずだ。しかし現実には、多くの政府が非現実的な経済成長を目的に設定し続けている。新しい現実を受け入れる有権者がほとんどいないだけに、政治家がやけになっているのも理解できる。実際、最近の選挙では、より多くの手を打てなかった既存の政治家はペナルティを課され、古きよき時代を取り戻すと約束するポピュリストが勝利を収めた国もある。

こうした政治ムードと経済的現実とのずれの拡大は危険な現象を引き起こすかもしれない。憤慨する民衆をなだめすかそうと、多くの政府が、経済成長率と賃金を引き上げ、あるいは少なくとも、富をより公平に行き渡らせようと過激な政策を試みている。だが、こうした政策は失敗に終わる可能性が高い。多くの場合、財政拡大策に依存しているために、赤字を肥大化させ、インフレを誘発し、結局はブームとバストに翻弄される。

さらに悪いのは、指導者の一部が、人々の関心を経済問題から引き離そうと、外国人をスケープゴートにしたり、軍事的冒険主義に打って出たりすることでナショナリズムを煽っていることだ。

人口の減少、レバレッジの解消、脱グローバル化が必ずしもあらゆる人を苦しめるわけではない。一部の国、企業、市民はそこから恩恵を引き出すだろう。このトレンドに適切に対処するには、変化への対応を計画し、大衆の期待をうまく管理しなければならない。しかし、これまでのところ、経済の新しい現実を認識している指導者はほとんどいない。

 

<人口減少と金融危機>

 

三つのDの出現は、グローバルな経済が大きな分水嶺にさしかかっていることを意味する。グローバル・リセッションが起きるまでの数十年を象徴していたのは「より多くを求める」文化だった。より多くの人、より大きな借入、そしてより大規模な国境を越えた貿易が求められてきた。なぜこのストーリーが急旋回し、逆方向に向かい始めたかを理解するには、それぞれのトレンドのルーツを検証する必要があるだろう。

人口の減少は、経済メルトダウンが起きる前から進行していた。戦後のベビーブーム期以降、世界の生産年齢人口の伸び率はほぼ倍増し、1950年代半ば当時は1%だったものが、1980年までには2%に達していた。これが直接的に経済成長を刺激した。労働人口の増大と生産性向上のペースから考えれば、これは当然のことだった。

しかし、1980年代までにはベビーブームも終わりに近づきつつあることを示す兆候が現れていた。避妊具が広く流通したこともあって、女性が出産する子どもの数が少なくなり始めた。こうして、世界の生産年齢人口の伸び率はしだいに低下し始め、特に2005年以降、急激な低下を示すようになった。アメリカの場合、21世紀初頭に1・2%だった伸び率は、2016年には、国連が1951年に統計をとり始めて以降最低の0・3%へと低下していた。

国連は、世界の人口の伸び率は2025年まで、あるいはそれ以降も低下し続けると予測している。出生率と死亡率という比較的シンプルな組み合わせを基盤とするこの長期予測は、これまでも現実を言い当ててきた。人口減少トレンドが経済的にどのような意味合いを伴うかは明らかだろう。生産年齢人口の伸び率が1%低下すれば、GDP(国内総生産)の伸び率も大きく低下する。

1950―60年代には、ベビーブームだけでなく、技術革新による生産性の向上によってグローバル経済の成長は大きく刺激された。しかし、その後の数十年間で生産性の伸びが鈍化していくにつれて、これに代わって金融緩和策が経済を刺激する役割を果たすようになる。

1980年代初頭から、各国の中央銀行はインフレとの闘いに勝利を収めるようになり、これによって、金利を大幅に引き下げられるようになった。この時点で、資本主義システムの公理通りに、借入額の増大と経済の成長が連動するようになった。数十年にわたって、世界の債務総額が上昇するにつれて、世界のGDPも拡大した。だが、金利の引き下げによって借入コストがほぼゼロに近づくと、1980年末当時は100%だったグローバルGDPに占める債務比率は、2008年には300%へと膨れあがっていた。こうした借入資金の一部は投機目的に利用されたが、その多くは経済活動を支えるために投入され、結果的に経済成長がもたらされた。

そしてグローバル金融危機が起きる。危機の余波のなかでまとめられた規制によって、国内市場、外国市場の双方で欧米の銀行が直面する恐れのあるリスクはある程度抑え込まれた。2008年当時、主に銀行の融資を用いた国境を越えた資本の流れの規模は、グローバルGDPの16%規模に達していた。現在、グローバルな資本の流れの対グローバルGDP比は2%程度へ低下しており、これは1980年代初頭レベルへと流れが逆行していることを意味する。

グローバル金融危機以降、民間の借り手と貸し手は「債務恐怖症」に陥り、金利がかつてなく低いにも関わらず、融資は拡大しなかった。そのなかで借入を続けた国が一つだけあった。2008年の金融危機の余波にほとんどさらされず、債務恐怖症が蔓延しなかった中国だ。しかし、グローバルレベルで考えると、金利はこれ以上下がりようがなく、今後、新たに債務ブームが起きる可能性もほとんどない。

<グローバル化の衰退>

 

グローバル化が近い将来に復活する見込みもあまりない。前回、国境を越えたヒトとカネの流れがスローダウンしたのは第一次世界大戦が始まった1914年。その後、グローバル化の失速が底を打つまでに30年の時間がかかり、貿易取引量が戦争前のピークレベルに回復するまでにはさらに30年が必要になった。

1980年初頭に、多くの国が国境線を開放する政策をとり始め、その後の30年間で貿易取引量は倍増した。1980年当時、グローバルGDPに占める世界の貿易取引量は30%だったが、2008年にはその割合は60%に上昇していた。多くの国にとって、輸出産業は抜きんでた成長産業となり、経済成長に貢献した。

しかし、グローバル・リセッション以降、消費者が支出を切り詰める一方、政府も外国からの製品やサービスの輸入に障壁を設けるようになった。ロンドンの研究機関である経済政策研究センターの「グローバル・トレード・アラート」によれば、世界の主要経済国は外国の競争から自国産業を守るためにすでに6000の障壁を設け、このなかには、貿易協定をかいくぐるための「目に見えない」ステルス措置も含まれている。このせいもあって、グローバルGDPに占める国際貿易の取引量は(2008年当時の60%から)すでに55%へと低下している。

今後、グローバル化に反対するポピュリストの政治家が、ヒトとモノの自由な流れをさらに制限していくと考えられるだけに、脱グローバル化トレンドは今後も続くだろう。実際、トランプは就任後の早い段階で、アジアにアメリカ流の市場経済ルールを定着させようとオバマ政権がまとめた12カ国の合意、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)を葬り去っている。

 

<期待を引き下げよ>

 

人口の減少、レバレッジの解消、脱グローバル化が成長を阻む大きな障害となっている以上、その経済開発レベルを問わず、各国の政策決定者たちは経済的成功の定義を見直し、力強い成長の指標を1―2%引き下げるべきだろう。

貧困諸国は、成長の起点が低いために、全般的により急速な経済成長を遂げる傾向がある。年間所得の平均が5000ドルを下回るインドネシアのような国の場合、歴史的には7%を超える成長率が力強い成長とみなされてきたが、この基準を5%に引き下げるべきだ。年間所得の平均が5000―1万5000ドルの中国の場合、4%が比較的力強い成長とみなせる。年間平均所得が2万5000ドルを越えるアメリカのような先進国の場合、1・5%を上回る成長率なら経済は健全な状態にあると考えるべきだろう。

これが経済的成功の新しい現実だ。だが、こうした新しい定義を理解するか、受け入れている政治指導者はほとんどいない。

三つのDが作り出す制約を考えると、中国、インド、ペルー、フィリピン、ポーランド、アメリカは健全なレベルで成長しているとみなせる。しかし、これらの諸国の市民や政策決定者が現状に満足している様子はない。独立系機関の指標で、現在5―6%の成長を遂げているインドのエリートたちは依然として8―9%の成長を遂げて「次の中国」になることを夢見ている。中国の場合、6%の経済成長を維持しようと試み、その結果、かつてない規模の公的債務を抱え込んでいる。アメリカの政治指導者たちも、米経済がすでに十分に開発されているにも関わらず、4―6%の経済成長を目指すと発言している。

こうしたレトリックは期待と現実の間にギャップを作り出してしまう。世界のいかなる地域も2008年以前のような急速な経済成長を遂げることはあり得ないし、そうなると期待すべきでもない。

危機前の成長がピークに達した2007年当時、アルゼンチン、中国、インド、ナイジェリア、ロシア、ベトナムのような広大な国家を含む世界の65カ国が7%以上の経済成長を遂げていた。現在、同レベルの成長を実現しているのはわずか6カ国で、しかも、そのほとんどはコートジボワールやラオスのような小国だ。それでも、新興市場国の指導者たちの多くが、依然として7%の成長を成功の基準とみなしている。

 

<ポピュリスト路線は何を引き起こすか>

 

「大きな野心をもつことの何が問題なのか」と考える人もいるだろう。だが、経済のポテンシャル以上のスピードで成長させようとするのは、常に車のエンジンに負荷をかけ続けているようなものだ。高速のエンジン音は心地よく聞こえるかもしれないが、いずれモーターが焼け付いてしまう。パフォーマンスのよい車だと聞かされて車を購入し、そのつもりで運転し、ファミリータイプのセダンのように壊れてしまったら、消費者はディーラーに苦情を持ち込むはずだ。

2016年には、メキシコのエンリケ・ペニャニエトやイタリアのマッテオ・レンツィなど、前途有望な政治家とみなされていた人物を含む、数多くの指導者たちの支持率が急降下し、レンツィは、改革案が予想通りの成果をもたらさなかったために、首相を辞任せざるを得なくなった。

一般的に、現職の政治家は選挙で優位を手にするものだが、現在のような、反エスタブリッシュメント的な社会風潮のなかでは、そうではない。2009年当時は、人口の多い50の民主国家の国政選挙で各国の政権与党は90%の確率で勝利を収めていた。だがそれ以降、政権与党が選挙で勝利を収める確率は低下し、2016年になるとわずか40%しか勝利を手にできていない。

こうした社会ムードの変化を追い風にしたのが、リベラルな戦後秩序の中核的信条を疑問視するポピュリストやナショナリストの政治家たちだった。アメリカのトランプ、イギリスのテリーザ・メイ、フランスの右派政治家マリーヌ・ルペンは、「ワシントン・コンセンサス」を問い直すように人々を煽り立てた。世界の市場経済化と繁栄の拡大は本質的に関連しているとみなすこのコンセンサスは、数十年にわたってアメリカなどの欧米世界で信条として受け入れられてきた。

ポピュリストやナショナリストの政治家の多くは、自国の国益を促進するためにより力強いリーダーシップを発揮すると約束し、世論もそのアピールをしだいに受け入れるようになった。

1990年代末と2010年代の最初の5年間に30の領域大国の市民を対象に実施された世界価値観調査(WSV)は、「議会や選挙のことを気にしなくてよい強い政治家をもつのは国にとってよいことか」と問いかけた。調査対象とされた30カ国中25カ国で、民主主義よりも、権威主義的な統治の方が好ましいと答える人が増加している。90年代と比べて2010年代には、そう答えた人の割合がアメリカで11%、ロシアで24%、インドで26%増えており、インドの場合、最近の調査では実に70%の人が権威主義的統治の方が好ましいと答えている。さらに特徴的なのは、民主主義を支持する人の割合が、高齢者世代よりも、若い世代で大きく低下していることだ。

多くの指導者がこの社会ムードに呼応して保護主義的政策をとり、市場により踏み込んだ経済介入を行うようになった。イギリスの有権者たちが2016年に欧州連合(EU)からの離脱という驚くべき選択をした理由の一つは、ポピュリストの扇動もあって、市民たちが国境と貿易政策の管理を国の手に取り戻すことを強く願ったからだ。

いまや、ワシントン・コンセンサスは、その中枢であるワシントンにおいてさえ逆風にさらされている。「アメリカファースト」を掲げるトランプは、民間企業にアメリカの部品や原材料を用いて生産することを求め、税制を輸入よりも輸出を促すものへ見直すと恫喝策をとっている。

戦後経済の主流派の考えを解体しようとする姿勢は、新興市場国にも及んでいる。かつては市場経済を強く支持していたインドのナレンドラ・モディでさえこれまでの態度を見直し、最近では、主に手元資金による富裕層の脱税などを含む不正資金をなくそうと、流通紙幣の86%に相当する高額紙幣の廃止に踏み切っている。

だが、そうした政策で「広く繁栄を取り戻す」というより大きな目的を実現できる見込みはほとんどない。実際、ポピュリストの実験は、1980年代以降の政府のインフレとの闘いにおける勝利を脅かし、結局は、有害無益なものに終わる可能性が高い。(金融危機が起きるまでは)金融引き締め路線がとられ、国際競争も激しかったために物価上昇は抑え込まれてきた。だが、各国が内に籠もり、保護主義的な政策を模索して、国際競争が下火になれば、価格を抑え込んできたフタが取り払われることになるかもしれない。財政出動で経済を刺激するというポピュリストの提案も物価を上昇させる。特に、現在のアメリカのように、経済がフル稼働に近い状態で動いている場合には、そうなるだろう。トランプが大統領に就任して以降、インフレ期待が顕著に高まっているのはこのためだ。

米経済は回復期に入って8年が経過しており、もはや景気刺激策をとるタイミングではない。それでもトランプは、米財政赤字がかつてないレベルに達しているにも関わらず、さらに赤字を膨らませる財政政策をとろうとしている。

現状で試みるべきは、間違いなくやってくる次のリセッションに備えて、財政黒字を蓄えておくことだが、不満を募らす有権者が経済の再生を求めているタイミングで、まさかの事態に備えるのも奇妙かもしれない。アメリカ経済はすでにそのポテンシャルに見合った1・5―2%の成長率で推移しているが、それでも多くの政治家は大衆が現状に対して抱く失望を共有し、より高い経済成長を実現することを望んでいる。

 

<変化する経済地図>

 

ヒト、モノ、カネをめぐるグローバルな流れのスローダウンは、国の政治や意思決定だけでなく、国際経済のパワーバランスも変化させている。2008年まで、新興市場諸国は輸出を通じて繁栄を手に入れようと試みてきた。しかし、韓国や台湾のような主要輸出国が手にしていた競争上の優位が、インドネシアやポーランドのような、内需主導型経済成長モデル国家へとシフトしていくにつれて、輸出主導型経済成長モデルの効果も薄れてきている。

同時に、先進国のアウトソーシング先となることで成功してきた諸国の優位も今後低下していく。インドのバンガロールのような都市では、アウトソースを手がける巨大なアウトソース受注企業の活況のおかげで、多くの人が中間層の仲間入りを果たした。

同じことは、20世紀末にはまったく存在しなかったコールセンター産業が100万以上の雇用を創出し、220億ドル規模の経済取引をもつセクターへ成長したフィリピンにも言えるだろう。グローバリズムが後退していくにつれて、アウトソース産業も衰退していく。企業と雇用を米国内に取り戻そうとするトランプの課税政策も、この変化を後押しすることになるだろう。

これまでグローバルな多国籍企業がもっていた経済的優位も、製品輸出や労働力の輸入、そしてアウトソーシングへの依存度が低い、より小規模な国内市場志向の企業へシフトしていくだろう。先進国の国境管理体制が強化され、外国人スタッフでポジションを埋めるのが難しくなるにつれて、アメリカのような国では労働者の資本に対する交渉力は高まっていく。

戦後のほとんどの時期において、外国に雇用を移すことで多くの企業が労働コストの削減を試みてきたこともあって、労働者の所得がアメリカの国民所得に占めるシェアは低下し続けた。一方で、国民所得に占める法人所得の割合は着実に上昇し続け、2012年にはそのピークに達し、国民所得の10%規模に達していた。しかし、それ以降、法人所得のシェアは低下し始め、労働者の所得シェアが少しずつ上昇し始めている。

国境での規制や政府による積極的な市場介入もグローバル経済の成長をスローダウンさせる。競争の低下は、成長のドライバーの一つである生産性を抑え込むことになるからだ。各国の指導者が世界の経済的パイの少しでも多くを手に入れようと試みるにつれて、結局はパイそのものが小さくなっていくだろう。

 

<ポピュリストの政治手法と国際的混乱>

 

ポピュリストやナショナリストがより急速な成長をもたらせなければ、何が起きるだろうか。何もかもが音をたてて崩れ落ちることになるかもしれない。だが実際には、抜け目のない政治家たちがこうした結末を生き延びる術を知っていることを歴史は教えている。彼らが生き残りのためにとる戦術は、ロシアとトルコのケースからも明らかなように、多くの場合、国際秩序の不安定化を引き起こす。

権力者となったロシアのウラジーミル・プーチンは「経済を立て直すことでロシアを再び偉大な国にする」と約束した。ロシアの主要な輸出品である原油と天然ガス価格の上昇という幸運に恵まれたことで、その後の10年間でロシア人の年間平均所得はほぼ10倍の1万5000ドルに達した。プーチンもかつてなく高い市民の支持という政治的恩恵を手に入れた。しかし2014年に原油価格が暴落し、リセッションに突入した結果、年間平均所得はわずか9000ドルへ急落した。

政治的に困難な状態に追い込まれたプーチンは、経済の失速という現実から人々の関心を遠ざけようと、一連の外国での冒険主義に打って出た。クリミアを侵略して編入し、ウクライナ東部での親ロシア派の反乱を焚きつけ、追い込まれたシリアのアサド政権を支援するための軍事介入を行った。ナショナリズムのカードを切り、自らをロシアの名声とパワーを回復するキャンペーンの英雄と位置づけることで、プーチンは世界の既存の政治家が直面した困難な状況をうまく回避してみせた。経済的に困難な状況にあるとはいえ、プーチンの支持率は依然として80%を超えている。

プーチン同様に、トルコのエルドアン大統領も、経済状況が不安定であるにも関わらず、すでに15年近くにわたって権力ポストに君臨している。彼の経済への考え方は一般的ではない。例えば、一般にはインフレ対策の手段とされる金利の引き上げが、実際にはインフレを引き起こすと主張している。

トルコ経済は財政赤字の増大やインフレ率の上昇、そして低成長という問題に直面している。それでも、最近の世論調査によれば、エルドアンの支持率は70%近くある。これは、エルドアンが「アメリカとEUはトルコを弱体化させる陰謀を裏で操っている」とする考えをトルコ社会に浸透させることに成功したことと大いに関係がある。

2016年のクーデター未遂事件についても、クーデター計画は「外国で」考案されたと主張し、エルドアン政権のメンバーの多くが「クーデターにはCIA(中央情報局)とFBI(連邦捜査局)が関与していた」と非難している。アメリカ政府は関与を否定しているが、世論調査結果をみると、トルコ人の多くは「アメリカの陰謀が存在した」と信じている。

外国での冒険主義に打って出たり、外国による陰謀や内なる敵を引き合いに出したりして、経済問題へ人々が関心を寄せないようするやり方は、政治がこの世に誕生した当時から存在する。

問題は、プーチンやエルドアンの戦術の成功例を前に、他の諸国の指導者たちも、かつての繁栄を取り戻すという約束を果たせなかった場合に同様の戦術に訴える恐れがあることだ。その結果引き起こされるナショナリズムに派生する敵対感情や侵略は、まさにワシントンがリベラルな国際秩序を支えていくコミットメントから遠ざかっているタイミングで、地政学的緊張を高めることになる。

 

<低成長というニューノーマル>

 

三つのDのすべての作用がネガティブなわけではない。このトレンドのなかで、例えば、これまでそれほど国際貿易に依存せず、主に国内市場を相手にしてきた企業などは勝者になれるだろう。低成長と、グローバル化からの後退も中間層の賃金を引き上げるかもしれず、そうなれば、この数十年で多くの国が経験してきた所得格差の増大を食い止めるか、覆せるかもしれない。しかし、指導者や政策決定者がニューノーマルを受け入れない限り、そうしたプラスの効果も結局は色あせていく。

三つのDの衝撃を相殺するために政府がとれる措置がいくつかある。児童手当など、出生率の低下を覆すための試みが効果に乏しいことはすでに立証されているが、政府は女性や高齢者が労働力に参入、あるいは再参入するようなインセンティブを提供できるし、移民に門戸を開くこともできる。

もっとも、反移民感情が高まっている現状では、移民に門戸を開くのは政治的に無理かもしれないし、生産年齢人口が急激に減少しているために、女性や高齢者、そして移民を新たに労働力に受け入れても、今後の労働力不足の一部を補えるにすぎない。

同じような理屈が脱グローバル化にもあてはまる。グローバルな貿易交渉が行き詰まり、(TPPのような大型の)地域的貿易協定も実現しない以上、貿易を強化するには二国間協定しか道は残されていない。だが、これだけでは世界における反貿易の風潮に部分的に対抗できるだけだ。

しかも、ポピュリストの台頭を前に、主流派の政治家たちでさえ貿易合意には慎重になっている。2016年の米大統領選挙前、TPPのことを「貿易合意の金字塔」と称賛していたヒラリー・クリントン元国務長官も、予備選挙が始まると、(バーニー・サンダース議員に象徴される)民主党内の反貿易ポピュリスム勢力に配慮して、TPPへの支持を撤回した。

戦後の借入ブームを復活させられる見込みとなると、さらに乏しい。2008年金融危機の余波のなか、融資に関する新しい規制と制限が導入され、一方で大銀行はあらゆるポピュリストに格好の批判のターゲットとされている。政策決定者と金融企業にとって対策をとる余地はそれほど残されていない。

安定しているとはいえ、グローバルな債務は、対グローバルGDP比で300%と、かなりのレベルに達している。つまり、政策決定者が借入ブームを起こしたくても、新たに債務を拡大するのは政治的に難しく、経済を不安定化させる恐れもある。

政治指導者が勇気を出して、とかく要求の多い大衆に低成長という現実を説明すれば、経済成長について過大な約束をしなくても済むし、無理に成長を実現しようと非伝統的な政策的実験をする必要もない。うまく考案された減税策や規制緩和のような伝統的な政策でも生産性を向上させ、成長率を少しばかり引き上げられる。

だが、それによる効果はそれほど大きくはない。三つのDが作り出す経済成長の制約を回避できる国は存在しない。われわれは「奇跡の世界後」の経済に備えるべきタイミングにある。

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