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ホルムズ危機の新地政学
―― 石油ショックと米中の影響力

ジェイソン・ボードフ コロンビア大学 国際公共政策大学院教授
メーガン・L・オサリバン ハーバード大学 ケネディ・スクール教授

The Long Shadow of the Iran Shock: Hormuz and the New Geography of Energy Power

Jason Bordoff グローバル・エネルギー政策センターの創設所長で、コロンビア大学国際公共政策大学院の教授。オバマ政権の国家安全保障会議(NSC)で、エネルギー・気候変動担当上級ディレクターを務めた。
Meghan L. O'Sullivan ハーバード大学ケネディスクールのベルファーセンター所長で、ケネディスクールの教授(国際関係学)。ジョージ・W・ブッシュ政権で、イラク・アフガニスタンの分析者として、大統領副補佐官(国家安全保障問題担当)を務めた。

2026年10月号掲載論文

ホルムズ危機の本当の危険は、その衝撃が穏やかなものだったために、主要国がリスクを侮り、自国の対応能力を過信することかもしれない。実際、ホルムズ危機の第2幕は、第1幕よりもはるかに大きな被害をもたらす危険がある。在庫や備蓄が少なくなる一方で、需要が回復しているからだ。非ホルムズの代替ルートの脆弱性は高まり、石油インフラが攻撃されている。つまり、バッファーがいつまで持つか分からない。世界が将来のショックに備えるには、クリーンエネルギーや原子力への投資を含めて、レジリエンス強化のための対策が急務だろう。石油ショックへの米国と中国の影響力が高まる一方、途上国が大きな危険にさらされる構造が生まれていることも認識しなければならない。

  • 穏やかな危機
  • もう一つの可能性
  • 新たな地政学構図
  • 流れはどこへ向かうか
  • レジリエンスをどう強化するか
  • 知は力なり

穏やかな危機
 
ほぼあらゆる指標からみて、世界はより深刻なエネルギー危機に見舞われていても不思議はない。世界の石油・液化天然ガス(LNG)供給量の約5分の1が通過するホルムズ海峡が、数カ月にわたり事実上封鎖されているからだ。しかし、戦争開始当初に予測されていたような悪夢のシナリオと比べれば、原油価格は低い水準にとどまっている。天然ガス市場もレジリエンス(柔軟性と復元力)を示している。これまでの多くのエネルギーショックがリセッションを引き起こしたが、今のところ、それも回避されている。

エネルギー供給混乱の危険が過大評価されていたと結論づけたくもなるかもしれない。だが、そのような安易な決めつけは間違っている。ホルムズ危機による原油価格の高騰が穏当なレベルにとどまっているのは、好ましい市況と長年のエネルギー安全保障投資の成果が、重なり合ったおかげだ。戦争前、石油市場は供給過剰で、在庫も比較的大きくなっていた。サウジアラビアとアラブ首長国連邦(UAE)はホルムズ海峡を迂回するパイプラインを建設し、各国の政府や企業も戦略備蓄や商業備蓄を積み上げていた。さらに、これまで備蓄・在庫を増やし、輸出向けの石油精製製品や国内消費用に大規模な原油を輸入してきた中国は、輸入量を大きく削減できる環境にあった。実際に、輸入量を低下させることで、北京は石油の世界的需給バランスの安定化に寄与した。

だが、こうした状況は長くは続かないかもしれない。戦争が、国境を越えて拡大する恐れのある激しい戦闘という新局面を迎え、海峡の封鎖が続くようなら、ディーゼルやジェット燃料などの精製製品の不足で市場が圧力にさらされているために、原油価格はさらに高騰するかもしれない。一方、敵対行為が沈静化しても、海峡を経由する海上交通に対するリスクは続くだろう。航行はイランによって完全に支配されるか、少なくともイランによる妨害を受けるリスクから逃れられない。起こりそうにもない大規模な変化がテヘランでみられない限り、今後数カ月間は楽観的なシナリオをもつのは幻想だろう。

こうしたシナリオ、そして、より長期的に起こり得る新たな危機に備えるためにも、世界は2月以降、エネルギー市場が(危機を前にしても)比較的穏やかに推移したことに安堵すべきではない。この数カ月間、世界が状況を乗り切るのを助けてきたクッションは、いまやかなり薄くなっている。在庫は枯渇しつつある一方で、需要は回復している。代替ルートの脆弱性は高まり、石油インフラは引き続き攻撃にさらされており、その修復に数年を要するケースもある。ホルムズ海峡危機の第2幕は、第1幕よりもはるかに大きな被害をもたらす恐れがある。

しかも、この危機の第1幕でさえ、原油価格の表向きの数値が示すような、痛みの少ないものではなかった。世界のベンチマーク価格の比較的穏やかな変動の裏で、衝撃の地域格差が生じていた。

アジアやヨーロッパ諸国が高価格、供給不足、配給制、財政的負担、そして消費の強制的削減を余儀なくされる一方、アメリカと中国は新たなレベルのレジリエンスと影響力を示した。遅れて現れる影響も迫りつつある。精製能力の逼迫によって、ディーゼルを含む原油製品の価格は、現在の原油価格水準から想定されるレベルよりも、はるかに高くなっている。さらに、今回のショックによって、ヨーロッパが天然ガスの備蓄を補充することはより難しく、高コストになっており、このために欧州大陸の備蓄量は例年より低水準になるだろう。冬になれば、エネルギーや地政学的な圧力に対してより脆弱な状態に追い込まれるだろう。

2月以降の展開は、世界がエネルギー危機に対する免疫を獲得したことを意味しない。市場のロジック、政策、そしてエネルギー安全保障強化に向けた政府のこれまでの投資が実を結んだことを意味するにすぎない。つまり、再構築に向けた新たな取り組みをしなければ、地政学的に分断された現在の世界において、レジリエンスは急速に損なわれていくだろう。したがって、この次の危機局面が動き出す前に、政策立案者は、どのようにしてレジリエンスが形作られたのかを分析しなければならない。さらに、オイルショックに見舞われた1970年代以降、エネルギーシステムが変化したのと同様に、エネルギーショックが世界に波及する仕組みや、それに対抗するために必要な対策も変化していることを認識する必要がある。こうしたメカニズムを理解することで、世界は次に必ず訪れるエネルギーショックに備える態勢を整えられるはずだ。

 
もう一つの可能性
 
2月下旬、アメリカとイスラエルによる攻撃の数日後、テヘランがホルムズ海峡の封鎖に踏み切ると、国際エネルギー機関(IEA)事務局長は、これを「世界石油市場にとって、史上最大規模の供給途絶」と表現した。しかし、6月中旬にワシントンとテヘランが覚書に署名するまで、海峡が4カ月近くほぼ完全に封鎖されていたにもかかわらず、ブレント原油の平均価格は1バレルあたり100ドル強にとどまり、戦争開始時の1バレルあたり70ドル程度から(30ドル程度)上昇したに過ぎなかった。

4月に記録した1バレルあたり126ドルのピーク値も、経験あるアナリストたちが、その可能性があると警告していた1バレル200ドルを大きく下回っていた。停戦が破綻した後、7月にテヘランが再び海峡を経由する石油輸送を封鎖した後も、1バレルの価格は80ドル台まで下落した。

この比較的抑えられた価格反応には、多くの要因がかかわっている。予想通り、石油需要は供給量に見合うように減少した。IEAによると、供給不足や価格高騰によって消費者が使用を控え、多くの政府が燃料の配給制といった緊急措置を講じた結果、2026年第2四半期の需要は1日あたり約500万バレル減少した。

しかし、価格に起因する需要調整は、予想されていたほど深刻なものにはならなかった。一つには、危機が生じたのが、石油サイクルにおいて比較的好都合な時期だったことに関係がある。2026年は供給が需要を大幅に上回ると予測されていただけでなく、石油在庫も比較的潤沢で、石油輸出国機構(OPEC)諸国は予想以上のペースで供給を増やしていた。さらに、ロシアに対する制裁強化によって、(市場にスムーズに流れない)ロシア産原油が潤沢に存在し、これらを、いつでも引き出せる状態にあった。

心理的要因や政治的な言説も、地政学的リスクプレミアムを低く抑える一因となった。ドナルド・トランプ大統領が公の声明やソーシャルメディアの投稿で「紛争の解決は間近だ」と市場が敏感に反応するタイミングで、何度も繰り返したことも原油価格の上昇を抑えた。危機前からすでに供給過剰だった市場に、1日あたり数百万バレルのロシア原油が突然戻ってくる可能性があるため、トレーダーにとっては、さらなる価格上昇を織り込んで大規模なポジションを維持するのはリスクが高かった。こうした状況によって、価格と根本的な原油不足との関連性が少なくとも一時的には弱まった。

その後発生しかねなかった深刻な石油危機を和らげる上で、こうした力学よりもさらに重要だったのが、産油国によるインフラ投資だった。サウジアラビアとアラブ首長国連邦(UAE)は、まさにこの種の供給途絶に備えて、ホルムズ海峡を迂回するパイプラインの輸送能力を迅速に最大限に引き上げられるように、インフラ投資を数年前から実施してきた。

これらのパイプラインルートを通じて、世界市場へ1日あたり500万バレル以上の供給が提供された。これらのパイプラインによる供給によって、4月下旬まで継続されたイランの原油輸出もあって、湾岸諸国の原油輸出の落ち込みは、海峡封鎖前に同海峡を通過していた1日あたり2000万バレルがゼロになるのではなく、1日あたり約1300万バレルへ低下した程度だった。

備蓄石油の効果的な投入も、リスクを緩和した。貿易会社やエネルギー企業は、保有していた大量の商業用石油製品を放出した。さらに重要なのは、1973年のオイルショック後に設立されたIEAが、加盟国が保有する戦略備蓄の最大規模の放出を調整したことだ。商業的な放出と政府による放出を合わせることで、供給途絶による影響は1日あたり約500―600万バレル分相殺された。

アメリカの場合、原油生産量の拡大と商業・戦略備蓄の取り崩しによって、原油および石油製品の輸出が過去最高水準まで急増し、世界エネルギー市場における役割が一変した。春には、アメリカは世界有数の石油輸出国となり、第二次世界大戦以降初めて、一時的に原油の純輸出国となった。

おそらく、この危機においてもっとも意外なバッファーとなったのは中国だった。北京は6月まで、原油輸入量を1日あたり数百万バレル削減し、世界市場への圧力を緩和した。中国は在庫に関する公式データを公表していないため正確な数値を把握するのは難しいが、戦略備蓄の補充のための原油調達を停止し、在庫から一部の原油を放出した(戦略備蓄というよりは、むしろ商業用在庫からの放出だった)。さらに、ガソリン、ディーゼル、ジェット燃料などの石油精製製品の近隣諸国への輸出を制限した。国内の製油所が必要とする原油輸入量が抑えられ、世界市場への圧力を緩和した。だがその一方で、中国の原油製品輸出に依存する東アジア諸国は大きな痛手を受けた。価格高騰や節約措置を受けて、中国国内の石油需要も低下した。

LNGは、原油とはまったく異なる商品だが、同様の推移をみせた。ホルムズ海峡の封鎖とイランによるLNG施設への攻撃によって、世界のLNG供給の約5分の1を手がけるカタールからの輸出の大部分が遮断された。しかし、天然ガス価格と電力価格の上昇幅は、多くの人が予想していたほど大きくならなかった。

ヨーロッパのベンチマークガス価格は、1メガワット時あたり約35ドルから70ドルへと上昇したが、それでもロシアによるウクライナへの全面侵攻の余波で2022年に記録された1メガワット時約350ドルを超えるピーク値には遠く及ばなかった。特にアメリカでは新たな液化プロジェクトが本格化していた。これによって、ペルシャ湾地域からの供給減少分の推定40―50%が埋め合わせられた。ナイジェリアやマレーシアといった既存の輸出国も予想以上にLNG供給を増やし、アジアの需要も調整された。

一部の電力会社はガスから石炭へ切り替え、一部の産業ユーザーは消費を完全に抑制した。ヨーロッパは、2022年以降に構築してきたLNG輸入能力や再生可能エネルギー源の強化が役に立った(もっとも、依然としてアジアと希少なLNG調達をめぐって競争を余儀なくされ、すでに低水準だった備蓄をさらに減らし、高価格によって企業が生産を削減せざるを得なくなり、需要破壊に苦しんだ)。

 
新たな地政学構図
 
2月以降の出来事は、世界のエネルギーシステムがホルムズ海峡封鎖という危機をどのように乗り切ったかという側面以上に、システムにおける緩やかではあるが、本当の変化が、いかに新たな地政学的現実とリスクを形作ったか、特に、エネルギー需給を左右する要因が変化していることが、いかにしてオイルショックの地理的様相を書き換えたかを示している。混乱をもっともうまく吸収できた国と、最大のコストを負担せざるを得なかった国は、もはやかつてと同じではない。

少なくとも半世紀前と比べて、現在のアメリカのオイルショックに対するレジリエンスは、はるかに大きくなっている。石油価格は世界市場で決定されるため、ガソリン価格高騰の余波からアメリカも逃れることはできないが、経済生産単位あたりの石油消費量が減少していること(つまり、エネルギー効率が高まっていること)、そして国内の石油生産量が大幅に増加しているという要因によって、10年前であれば想像もできなかったほど、混乱をうまく乗り切れた。

アメリカ経済の規模は1973年の約4倍に拡大しているが、国内の石油需要は1970年代と比べてわずかに増加している程度に過ぎない。また、わずか20年前には石油消費量の60%を輸入に依存していたのに対し、いまや世界最大の産油国で、純輸出国でもある。この変化は、価格上昇がアメリカの消費者にとってコスト増となる一方で、国内の生産者、労働者、株主にとっては収入源にもなっていることを意味する。ダラス連邦準備銀行のエコノミストによる分析によれば、今回と同程度のオイルショックが1980年に発生していた場合、アメリカの実質国内総生産(GDP)成長率は5・6ポイント低下していたはずだが、現状ではわずか0・3ポイントの低下にとどまっている。

さらに、ホルムズ海峡危機によって引き起こされた価格高騰は、供給不足によって原油の現物価格が、先物市場での取引価格を大幅に上回ったアジアやヨーロッパに比べ、アメリカではそれほどでもなかった。グローバル市場において、アメリカも最終的には似たような圧力に直面するだろうが、今回の事態は、輸入依存度の高い経済圏とはちがって、豊富な国内生産によって、アメリカには、供給混乱から国内市場を守るための貴重な猶予期間が与えられていることを意味する。

このような世界とのコントラストは、天然ガスをめぐってより明確に認められた。ホルムズ海峡を通過するLNGの流れが途絶えたことで、ヨーロッパやアジアの価格は100万BTUあたり20ドル近くまで押し上げられたが、アメリカの天然ガス価格は3ドルを下回ったままだった。アメリカの国内天然ガス生産と国内市場が、世界的なショックからアメリカをほぼ隔離した。エコノミストのルーカス・デイヴィスは2026年初め、アメリカと世界の天然ガス価格のギャップによって、過去20年間でアメリカの消費者はおよそ5兆ドルを節約できたと試算している。

世界的な石油・ガス価格の高騰からアメリカが比較的守られていることは、不快な区分を生み出している。つまり、(イランを攻撃して)国際システムに大きな混乱を引き起こしている国が、自らの行動が引き起こす厄介な帰結から比較的逃れていることだ。何十年もの間、経済的・軍事的な強制措置は、少なくとも部分的に、オイルショックなどを通じてアメリカにもダメージを与える恐れがあったために、ワシントンはさじ加減を調節してきた。だが、そうした縛りが弱まるにつれて、ワシントンの自制も取り払われていく危険がある。

世界的エネルギー危機における中国の役割も変化した。北京が、石油輸入量を劇的に減少させたことは、供給ショックの吸収をめぐっていまや中核的な役割を果たせることを意味する。最大の石油輸入国であり、他を圧倒する規模の石油備蓄を保有する中国は、購入量、輸出量、備蓄量、あるいは放出量を調整することで、世界のエネルギーバランスを変化させる力をもっている。

この能力は、危機の次の局面において、さらに重要になる可能性がある。経済協力開発機構(OECD)諸国の備蓄・在庫が枯渇する一方で、中国は推定14億バレルの備蓄をごくわずかしか取り崩していないようだ。今後数カ月間にわたる価格の高騰を回避できるかは、北京当局がこれらの備蓄を活用する意思があるかどうかに、部分的に依存するのかもしれない。

この新たな構図は、将来的に中国に地政学的な影響力を行使する上での大きな手段を与えるのかもしれない。これまで長く、石油危機の際には米大統領がサウジアラビアの指導者に電話をかけ、余剰生産能力を動かすように求めてきた。リヤドは、それがもたらす影響力もあって、コストを負担してでもこの余剰生産能力を維持してきた。もし中国の在庫や備蓄が、世界的な価格急騰による被害を防ぐための最後の防衛線の一つとなるならば、北京はサウジアラビアに匹敵する立場を占めるようになるかもしれない。

オイルショックの新たな地政学は、他国に比べてアメリカと中国の力を強化する一方で、石油市場の均衡を図るための重荷を貧しい輸入国へとシフトさせている。過去数十年間、供給不足を相殺するために必要な需要削減は、主に石油をもっとも多く消費していた先進国が担ってきた。しかし現在、OECD諸国による石油需要が世界需要に占める割合は、1970年の4分の3から半分未満へと減少している。現在の石油需要は新興国や途上国においてより高くなっている。これらの国々は財政的余力が乏しく、価格高騰を吸収する能力も低いため、需要の崩壊はより早い段階で、より低い価格水準で発生し、配給制や強制的な消費削減を余儀なくされる。

このパターンは、経済が中東の原油や原油精製製品に大きく依存しているアジアで特に明確に認められる。2026年、ジェット燃料はもっとも深刻な圧迫要因の一つとなり、一部の地域ではスポット価格が一時、1バレルあたり200ドル近くまで高騰した。数十カ国の途上国や新興市場国が、強制的節約、燃料補助金、課税の停止、代替供給を確保するための緊急措置など、200件近くの緊急対策を講じた。

バングラデシュはエアコンの使用を制限し、ラオスは週の授業日数を短縮し、スリランカは追加の祝日を宣言した。LPG(液化石油ガス)の不足によって、インドの家庭や飲食店は使用を控えることを余儀なくされた。ケニアとナイジェリアは燃料価格の上昇に上限を設け、燃料税を凍結するなど、対応の重荷を消費者から、すでに逼迫している公的予算へと移した。

要するに、世界的な価格ショックが比較的穏やかだったのは、石油供給の混乱が軽かったからではない。低所得国が不釣り合いなほど大きな打撃を受けているため、市場がより低い価格でリバランス(再均衡)しているからだ。

こうしたショックがワシントンやブリュッセルにとって管理可能にみえるのは、調整の多くを強いられているのがより脆弱な国々で、政治的、さらには安全保障上の影響がしばらくの間は完全には明らかにならないために過ぎない。

 
流れはどこへ向かうか
 
イラン戦争とそれが誘発したエネルギー安全保障に対する危機感は、低炭素エネルギーシステムへの移行というポジティブな展開を加速するかもしれない。IEAのファティ・ビロル事務局長は4月に次のように述べている。「リスクと信頼性に対する認識が変化し、各国政府はエネルギー戦略を見直すことになるだろう。再生可能エネルギーと原子力発電が大幅に推進され、より電化された未来へ移行していくだろう」

そうなることを期待する十分な理由がある。1973年のオイルショックは、原子力、再生可能エネルギー、およびエネルギー効率の向上に向けた投資を促し、2015年のパリ協定後の数年間における気候変動対策と比べても、世界経済の化石燃料依存度をより急速に低下させた。2022年、ロシアによるウクライナへの全面侵攻を受けて、ヨーロッパの太陽光発電量は24%増加し、過去数年間と比べて成長率は2倍以上に伸びた。今回、オイルショックの余波にさらされている国々は、運輸や産業の電化をさらに進め、風力、太陽光、バイオエネルギー、原子力といった国内の安定供給源から電力を生成しようとする強力なインセンティブをもつようになるだろう。

すでにエネルギー資源面での優位が明らかなアメリカでさえ、真のエネルギー安全保障は、エネルギー供給の拡大だけでなく、利用効率の向上も必要であること、その供給源は石油やガスにとどまらず、太陽光や風力発電などの再生可能エネルギーも含まれることをより深く理解するかもしれない。

しかし、そのような流れが自動的に実現することはなく、何もしなければ、その可能性は低くなると考える理由がある。ホルムズ海峡の混乱が始まってから最初の5カ月間、世界市場が比較的レジリエンスを示して持ちこたえたことは、むしろ、世界的な石油・天然ガス供給システムの適応力に対する信頼を強め、それに対する懸念をかき立てることにはならないかもしれない。一部の輸入国は、間違いなく今回の供給混乱を石油への依存度を低減する理由と捉えるだろうが、多くの国は逆の教訓を引き出すかもしれない。

(ホルムズ海峡の封鎖という)エネルギー安全保障上の「最悪のシナリオ」が比較的対処可能だったと考えれば、各国政府は、石油・ガスシステムが代替案に比べてかなり安全であり、それを超えた選択肢を探すよりも、石油・ガスシステムのレジリエンス強化への投資を継続するのが、もっとも現実的な道であると結論づけるかもしれない。

初期の対応をみる限り、化石燃料から離れて多様化を模索するのと同様に、石油・天然ガスのレジリエンス強化にも重点が置かれているようだ。すでに湾岸諸国の一部は、ホルムズ海峡を迂回するためのパイプライン容量の拡大や新規建設計画を発表しており、数年以内にチョークポイントとしてのホルムズ海峡の価値は低下していく可能性が高い。インド、南アフリカ、東南アジアなどの新興市場国も、商業用石油備蓄の上限を引き上げ、政府による戦略的石油・ガス備蓄の構築、および国内の精製能力の拡大計画を発表している。

今回の危機を経て、一部の政府は、クリーンエネルギーのサプライチェーン、特に重要鉱物、バッテリー、太陽光パネル、電気自動車産業を支配する中国への依存度を高めることを、これまで以上に躊躇するようになるかもしれない。各国は、輸入への依存を受け入れるかどうかではなく、どの形態の依存がもっとも危険が低いかを判断しなければならないだろう。ホルムズ海峡危機に対する北京の対応は、そうした(クリーンエネルギーとの)トレードオフの魅力を低下させるかもしれない。

これまで、石油・ガスの輸出制限を求める国内の声にワシントンは抵抗してきた(輸出制限が米消費者や企業を保護するという考えは間違っている)。一方、中国が最初にとった措置の一つは、中国の国益を優先し、精製した石油製品の輸出を制限することだった。これはアジア全域の諸国に大きなコストを強いた。中国のクリーンエネルギー供給網への依存強化を検討している地域諸国政府は、この出来事を警告と受け止め、中国のエネルギー技術や製品への依存を高めるのではなく、化石燃料システムのレジリエンスへの投資を拡大し、石油・ガスの輸入先を多様化しようとするかもしれない。

最後に、エネルギー安全保障とクリーンエネルギーは同義ではない。安全で手頃な価格の国内供給源を求める動きは、太陽光、風力、地熱、原子力と同様に、政府を石炭の利用へと導く可能性もある。少なくとも短期的には、石炭資源は一部のアジア諸国で緊急政策対応の一部とされている。

日本は、古く効率の悪い石炭火力発電所の稼働拡大を許可し、韓国も石炭火力発電の制限を解除した。中国は化学部門における石炭消費量を増大させ、インドも40億ドルを投じて石炭化学産業を開発する計画を加速している。エネルギーコンサルティング会社Rystadは、LNGの供給不足に起因するアジア地域の追加石炭需要が、2026年には約7000万トン規模に達すると予測している。IEAによると、世界の2026年の石炭消費量は、これまでで最高に達する見込みだ。

それでも、このエネルギー危機後の変化は、より環境に優しいエネルギーへの移行に向けた環境を提供すると考えられるが、各国がそれを最大限に活用していくとは限らない。

世界各国の政府は、クリーンエネルギーのシフトという目標に向けて意図的に舵をとり、適切なインセンティブを提供し、クリーンエネルギーソリューションのコストを削減するとともに、信頼性、インフラ、サイバーセキュリティを強化し、低炭素化・電化が進んだエネルギーシステムが伴う地政学的なリスクを軽減する措置をとる必要がある。

 
レジリエンスをどう強化するか
 
ホルムズ危機はまだ収束するには程遠いが、各国政府が次のエネルギーショックにいかに備えるべきかの教訓をすでに示している。しかし、全体として得られる教訓は、教訓というよりはむしろ警告に近い。長期に及んでいる石油供給の大きな混乱を軽くみなす安易な考えを今後も維持するのは間違っている。

イランで戦闘が再燃し、長期にわたる供給混乱が再び生じれば、世界経済はその被害を食い止めるために、はるかに大きな苦難に直面することになるだろう。紅海における脅威が大きくなれば、ホルムズ危機の緩和に不可欠だったサウジアラビア・パイプラインの役割も陳腐化する。世界の石油在庫はいまや大幅に減少しており、持続的供給混乱に対する主要な防衛手段の一つとして残されているのは、中国が保有する石油備蓄だ。在庫の補充や、より強固な戦略的石油備蓄の構築が必要になることも、需要を押し上げる要因になるだろう。ホルムズ危機の衝撃を和らげる上で不可欠な五つの柱は、将来のショックがいつ発生しようとも、その影響を緩和するために不可欠になる(それは、エネルギー効率の改善、供給の多様化、市場の統合強化、国内におけるエネルギー生産の拡大、脆弱性を抱え、それがすべての国へのリスクを作り出す途上国への支援だ)。

オイルショックに対する第1のそしてもっとも確実な防衛策は、石油の使用量を減らすことだ。世界がホルムズ海峡の混乱の初期段階を何とか制御できたのは、1ドルの経済生産を生み出すために必要な石油量が過去に比べてはるかに少なくなっていたことが理由の一つだ。2015年のドルで考えると、1973年の世界経済はGDP1000ドルあたり1バレル弱の石油を消費していた。パンデミックによる歪みが生じる直前の2019年までに、その数値は半分以下に低下していた。BPの元チーフエコノミスト、クリストフ・ルールによれば、いまや多くの経済が石油依存度を低下させているため、1979年のイラン革命後に生じた経済的ショックを再現するには、インフレ調整後の価格で現在の価格がおよそ4倍に上昇する必要がある。

物理学者のエイモリー・ロビンスがこの雑誌で、エネルギー効率(省エネ)と分散型エネルギー技術に焦点を当てたエネルギー安全保障への道筋として「ソフトエネルギー・パス」を提唱してから50年が経つが、彼の中核的な洞察の一つは今なお真実だ。それは、将来のエネルギーショックの余波を和らげようとする政策立案者は、経済の石油依存度を低下させるための取り組みをさらに強化すべきであることだ。石油依存を低下させるべき理由は、環境面だけでなく戦略面にもある。より厳しいエネルギー効率基準、電気自動車の普及拡大、公共交通機関の充実、これらはいずれもオイルショックに対する脆弱性を軽減するはずだ。こうした政策を後退させようとするトランプ政権の試みは、アメリカの長期的なエネルギー安全保障を弱体化させることになる。

エネルギー安全保障には、供給混乱に対する力強いバッファーも必要になる。こうした手段にはコストが伴うが、エネルギーショックに対する一種の保険として機能する。エネルギー価格ショックの社会的コストを単独の企業が負担することはなく、民間部門はこうした安全策への投資を怠りがちであるために、バッファーの構築は、多くの場合、政府に依存する。

地政学的リスクが高まるなかで、エネルギー供給のレジリエンスを確保するには、戦略備蓄、代替のパイプラインや港湾の確保、国内の精製能力、そして「平時には非効率にみえても、危機時には不可欠になる」重複するプロジェクトへの追加投資が必要になる。アメリカでは、これらの取り組みは、現在、過去50年近くで最低水準へ落ち込んでいる、枯渇しつつある戦略石油備蓄を補充・近代化するための議会による予算承認から手をつけるべきだろう。

市場と供給ルートの多様化も、同様に不可欠なバッファーとみなせる。ホルムズ海峡周辺におけるサウジアラビアやUAEによるパイプライン拡張に加え、イラクとクウェートもペルシャ湾を迂回する新パイプラインルートを模索し、他の産油国もホルムズ海峡の外側で、顧客により近い場所に石油を貯蔵しようとしている。バブ・エル・マンデブ海峡に対するフーシ派の脅威が高まるにつれ、紅海を迂回するパイプライン整備への関心も高まる可能性がある。中東以外では、産油国のカナダが、アメリカ市場への依存度を低下させる目的もあって、アジアおよびヨーロッパへの市場に供給できる石油・LNG輸送インフラの拡充を推進している。アジアの買い手は、オーストラリア、マレーシア、アメリカなどの輸出国との新たな長期LNG契約を通じて、安定供給を強化しようとしている。

統合されたエネルギー市場も、安全保障の源泉であり、価格が上昇したからといって、その強化の試みをやめるべきではない。各国政府は、中国が(市場を無視して)原油精製製品の輸出を制限したように、統合市場からの撤退を求める圧力には抵抗しなければならない。実際、市場原理は、エネルギー供給の混乱が引き起こす衝撃を和らげてきた。

ホルムズ危機による供給不足によって、特定地域でエネルギー価格が急騰したときも、商社やエネルギー企業は、高い価格を支払う意思のある買い手に向けてタンカーの航路を変更した。ジェット燃料の不足懸念によって価格がさらに高騰すると、精製業者は操業を調整し、ガソリンやディーゼル燃料の生産を減らしてジェット燃料の生産を増やした。IEAによると、3月にはヨーロッパの製油所がジェット燃料の生産量を前年同月比で22%増加させ、ヨーロッパの輸入需要を半分以上、削減した。

中国のような国家主導型経済なら、製油所に稼働率を下げるよう指示するだけかもしれないが、市場主導型経済では、市場の力が希少な供給をもっとも価値のある場所へ導き、節約を促し、生産を消費者がもっとも必要とする燃料へとシフトさせることができる。

ホルムズ危機が次の段階へエスカレートし、価格が急騰すれば、ワシントンは、「石油輸出を制限すれば国内価格の急騰を緩和できる」とみなす、より大きな政治圧力に直面する可能性がある。だが、そのような圧力に屈するのは間違っている。石油輸出を禁止すれば、「政治的に中立的なプロバイダー」としてのアメリカの信頼性は損なわれ、同盟国に不利益をもたらし、価格シグナルを歪め、アメリカの生産・精製能力への投資意欲を弱めることになる。そして、最終的には米消費者をコスト上昇に直面させる。

国内生産の基盤を拡大することも、レジリエンス強化に向けたもう一つの柱だ。ホルムズ危機は、アメリカが主要な石油輸入国から主要な生産国・輸出国へと変貌していることの戦略的価値を示した。他国にとっての教訓は、石油やガスの生産量を増やすだけでなく、危機の影響に翻弄されるレベルを低下させ、危機を前にしても政府により多くの選択肢を与えるような、信頼できる国内エネルギー源による多様なポートフォリオを構築することだ。これには、(そうするのが適切なら)石油やガス、そして再生可能エネルギー、原子力、その他のエネルギー源が含まれる。

国内生産のメリットを基盤に、一部の国ではすでに政策の見直しが進められている。例えば、イギリスのアンディ・バーナム首相は、北海における石油・天然ガス開発への労働党政権の否定的な姿勢を緩和し始めている。ベルギー、デンマーク、イタリアを含むヨーロッパ諸国も、長年にわたる原子力発電を避ける路線を見直し始めている。

結局のところ、最悪の影響を吸収するために脆弱な国々に依存するシステムは、長期的にはレジリエンスをもつことはない。むしろ、そのようなシステムは政治的・経済的な不安定さを招き入れる。低所得国がエネルギーショックに耐える能力を強化するには、クリーンエネルギー分野での支援が必要になる(これには、電化を加速させ、エネルギー効率を改善し、安全で低炭素な国内エネルギー源を拡大するための財政的・技術的支援が含まれる)。

ホルムズ危機は、これらの国々が石油・ガス開発やインフラ整備において、慎重に的を絞った支援を受けることで、どのような恩恵を確保できるかを示している。多国間開発銀行は化石燃料関連の融資から概ね撤退しているが、石油・天然ガスシステムは今後数十年にわたって存続すると考えられる。貯蔵、精製、パイプライン、港湾に対する選択的な支援は、途上国・新興国が脆弱性を少なくし、よりクリーンなエネルギーへの長期的移行に向けた、より安定した基盤を提供できる。

 
知は力なり
 
ホルムズ危機の真の危険性は、世界が経験したショックそのものではなく、表面的な衝撃が穏やかなものだったことに派生する「過信」かもしれない。世界でもっとも重要な石油輸送のチョークポイントが閉鎖されたことで、世界経済はリセッションに陥るはずだったが、それを回避できたために、多くの人が「エネルギーの安全保障リスクはもはや重要ではない」と結論づけるかもしれない。だが、真実はその逆だ。

これまで混乱を最小限に抑えてきた緩衝機能は、いつまでもつか分からないものであり、世界が将来のショックに耐えるには、これを強化しなければならない。さらに、エネルギー安全保障への懸念だけでは、クリーンエネルギーへの移行を刺激するには不十分で、そのためには協調的な取り組みと意思を動員する必要がある。

危機は、エネルギー政治におけるパワーバランスが変化していることも示した。1世代前であればワシントンを意気消沈させたはずの供給混乱が、今回は、コスト負担能力がもっとも低い国々を圧倒する一方で、アメリカは他の主要経済国のような悪影響を受けなかった。つまり、かつてエネルギーショックは強国に規律を強要したが、いまや脆弱な国々を苦しめ、(バッファーをめぐらす)強国は大きなダメージは負っていない。(イラン攻撃という)自国の行動が招いた混乱の帰結から守られている超大国は、自制する理由が少なくなり、アメリカであれ、中国であれ、市場を思うままに安定させたり揺さぶったりできる国は、いまや、対抗するのが難しい影響力のツールをもっている。

次なるエネルギーショックが、必ずしも、ホルムズ危機とまったく同じ軌道をとるわけではないだろう。しかし、ショックは、次の戦いに備えるための重要な教訓を与えてくれる。兵器としてのエネルギーというツールが復活している以上、次の危機は、われわれが考えているよりも、早く訪れるのかもしれない。●

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