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変貌したサウジ経済
―― 脱石油の経済モデルと財政規律

カレン・ヤング 中東研究所ディレクター(経済・エネルギー担当)

The MBS Economy: Can Technocratic Reforms Save Saudi Arabia?

Karen E. Young ワシントンにある中東研究所ディレクター(経済・エネルギー問題担当)、シニアフェロー。著書にThe Political Economy of Energy, Finance and Security in the United Arab Emirates: Between the Majilis and the Market (Palgrave Macmillan, 2014)がある。

2022年3月号掲載論文

石油を財源とする福祉国家モデルはもはや維持できないことを理解したサウジの指導者たちは、社会的支出の拡大を求める圧力が高まっているにもかかわらず、規律あるオーソドックスな財政政策を模索している。消費によって牽引される経済を促し、支出を削減し、世界的な石油需要の低下を乗り切ることを重視し、無駄をそぎ落とした政府を構築しようとしている。新たな歳入源を探るとともに、原油価格の変動に応じた歳出をなくすことで、サウジ政府は湾岸諸国における財政保守の新たなモデル基盤を築こうとしている。

  • 石油の富からの離脱
  • 脱石油依存経済モデル
  • 改革と健全財政



<石油の富からの離脱>

2016年、サウジアラビアは政治的にも経済的にも過激な実験に乗り出した。この年の4月、当時副皇太子だったムハンマド・ビン・サルマン皇太子は、経済改革構想「ビジョン2030」を発表し、サウジ経済の石油依存体質を痛烈に批判した。サウジが21世紀の課題に適応するには、石油資源の輸出からの歳入に依存する「レンティア国家」から脱却し、外国から旺盛な投資を呼び込むためにも、対外投資を積極的に実施するためにも、自国の経済を世界の金融市場に統合する必要があると皇太子は主張し、サウジの国富ファンドが「世界の投資能力の10%以上を担うことになるだろう」と表明した。

近年のサウジは社会的に大きな変貌を遂げながらも、ここで指摘したような野心的な経済・金融目的の実現には近づいていない。約束された外国直接投資の多くはいまも実現していないし、成長戦略への投資のせいで外貨準備が枯渇しつつある。さらに、サルマン皇太子が掲げた未来型都市計画など、注目されたプロジェクトも未完のままだ。それでも、最近の実験的な取り組みは、経済の方向転換が始まっていることを示している。リヤドの指導者たちは、石油を財源とする福祉国家と厳格な男女の分離を基盤とする王国の古いモデルはもはや維持できないことを理解している。

政策決定ではサルマン皇太子が大きな役割を果たすことが多いが、こうした認識が共有されているために、その経済アプローチは派手な未来志向ではなく、オーソドックスで実務的な政策を基盤としている。事実、リヤドの新しいモデルは、広く注目を浴びるような近代化ではなく、国内市場の活性化をかなり重視している。目的は、借り入れを原動力にした消費を促し、政府への民衆の経済的期待を引き下げることにある。リヤドの指導者たちは、サービスの提供、消費によって牽引されるアメリカ型の経済、支出を削減し、資産を売却し、世界的な石油需要の低下を乗り切ることを重視する、伝統的なモデルから離れた無駄をそぎ落とした政府を構築しようとしている。COVID19パンデミックやここ2年間の原油価格の乱高下にもかかわらず、リヤドはますます規律ある財政政策を堅持し、将来の経済的試練に対処することに備えつつある。

 

<脱石油依存経済モデル>

リヤドの新しい経済政策は、その輪郭を特定しにくい。一例を挙げると、経済の石油依存度は依然として高く、2020年の石油・ガスの純輸出は総輸出の70%を占有している。一方で、国内総生産(GDP)に占める輸出の割合は26%と、湾岸諸国で最大の国内消費市場をもつサウジのポテンシャルを示している。政府予算全体に占める石油・ガス収入の割合も、2016年の64%から2020年には53%へ低下している。

さらに、COVID19パンデミックを契機に、サウジ政府は歳入源を新たに確保しつつ、歳出を減らす新たな方策を模索するようになった。2020年春に原油価格が暴落し、化石燃料からの脱却が世界の長期的な流れになっていることを受けて、リヤドは新たな方向に経済を向かわせる必要があると考えた。その一環として、2020年夏に付加価値税を従来の5%から15%に引き上げ、2021年の最初の9カ月で非石油の歳入は30%以上増加した。現在、物品・サービス税としての歳入は約700億サウジリヤルと、石油からの歳入のおよそ半分のレベルにある。対照的に、大型インフラプロジェクトに対する政府支出は大きく減少している。

サウジの民間部門も、脆弱な基盤からのスタートだとしても、成長し、拡大している。7四半期連続で縮小を続けた経済も2021年第2四半期に成長に転じ、GDPは1・5%上昇した。石油セクター以外の民間部門も成長しており、2021年上半期には7・5%の成長をみせた。政府が医療や教育などの社会サービスの民営化に取り組んでいることが、こうした経済拡大の一因だ。サウジの民衆は、いまや湾岸諸国のなかでもっとも多くの医療コストを自己負担している。世界銀行の2018年のデータによると、リヤドは医療費の約60%を負担しているが、この割合は湾岸諸国のなかでは比較的低いほうだ。

政府の引き締め策は、公共部門や軍事領域の予算にも及んでいる。パンデミック(対応のための公的部門の役割がますます大きくなっている)にもかかわらず、2019年末に5100億リヤル近くあった公務員給与支出は、2021年末には約4900億リヤルにまで減少している。2019年に5400億リヤルだった軍事費も、2021年末には4400億リヤルにまで削減された。イエメンでの戦争を段階的に縮小しようとしている背景には、財政的な理由もある。

これとは別に、サウジの労働市場では女性が新たな役割を担うようになり、国全体で就労機会が拡大している。2018年当時、(就労年齢にある)女性で働いていたのは15%だったが、現在はそれが25%にまで上昇している。この傾向は他の集団にも言える。2018年当時は40%だった20―24歳男性の労働参加率は、現在は55%へ上昇している。雇用を探しながらも、それをみつけられずにいる完全失業率は約11%と依然として高いが、ビジョン2030の改革プランが示される前よりも、求職者の数は増加している。この数字は、外国人労働者に代えて、小売業など一定の雇用に就労する資格をサウジ国籍者に限定するなどした、リヤドの試みの結果だとも言える。サウジ市民のための雇用振興策は、パンデミック(対策としての外国人労働者の入国制限)の影響もあって、概して成功している(2020年の初頭以降、約60万の外国人労働者がサウジを出国している)。

最後に、政府の後押しもあって、民衆は経済的に政府に頼るのではなく、自分が理想とする生活スタイルに合わせて融資を得られるようになった。ビジョン2030では、住宅ローンへのアクセス拡大と利用しやすい金融サービスの構築が目標の一つとされた。市民の投資を促し、国内株式市場に上場する企業を増やすことも意図されている。人々はこの機会を逃さなかった。銀行は2021年第1四半期に、前年同期の312億リヤルを上回り、過去最高となる467億リヤルの新規住宅ローンを貸し付けた。アメリカの格付け会社S&Pグローバル・レーティングスは、サウジの住宅ローン市場の規模は今後2年間で年30%拡大すると予測している。

リヤドは次の動きとして、待望久しい国営電力会社の民営化に加え、国内のエネルギー供給の少なくとも30%を太陽光発電や再生可能エネルギーで供給しようとするかもしれない。この分野での転換が進めば、独立系電力企業の数が増加し、さまざまな再生可能エネルギーの市場競争が激しくなるだろう。安いエネルギー価格に慣れきった市民にとっては、当初は困難な状況に思えるかもしれない。だが、この動きは2060年までに温室効果ガス排出量を実質ゼロにするカーボンニュートラル目標の達成につながるはずだ。最近、リヤドが公共料金や燃料費の補助金を削減しているのは、住民をエネルギー転換に備えさせるという意図がある。

 

<改革と健全財政>

これらさまざまな政策からみても、サウジの政治経済構造が大きく変貌していることは明らかだろう。新たな歳入源を探るとともに、原油価格の変動に応じた歳出をなくすことで、リヤドは湾岸諸国における財政保守の新たなモデル基盤を築こうとしている。

かくも大規模な変革になれば、そこには反対勢力も出てくる。例えば、2016年に私は(ワシントン・アラブ湾岸諸国研究所のサイトに掲載された4月28日付の分析、「ビジョン2030を理解するために――サウジの経済改革を期待」で)ビジョン2030を停滞させる可能性のある二つの主要な課題を指摘した。

第1は、従来の発想や方法を改めることを嫌がるサウジ政府の頑迷な官僚機構、支配者一族やそれを取り巻くエリートたちの既得権益によって改革が妨げられる恐れがあること。第2は、住宅と観光を柱とする湾岸協力会議(GCC)の不動産・土地開発モデルは、サウジではうまく機能しないと考えられることだ。リヤドとドバイは違う。一つ目の課題については、サルマン皇太子が2017年に実施した政治腐敗防止のための粛清と、現在行われている政治的反体制派に対する抑圧によって、サウジ政府は経済改革に対する内部の反対を封じることになんとか成功している。不動産・土地開発モデルに派生する二つ目の難題は残るが、その重要性は低下してきている。大規模で成長を続ける国内市場を擁するサウジにとって、これは湾岸の小国ほど大きな問題ではないからだ。

しかし、一方で新たな課題が生まれている。人口に占める割合の高い若年層は社会改革に熱心で、理想の生活スタイルを実現するためなら借金をすることも厭わない。だが10年後には、医療費や子どもの教育費、住宅ローンや借金など、中高年世代の経済的負担が増えていく。高齢者になれば、街に繰り出す機会が減り、イノベーションを起こして、リスクのある新たな個人事業を始める可能性も低くなる。その意味で、サウジが経済の大転換を成功させるチャンスは限られている。

こうしたリスクがあるにせよ、サウジの体制はこの5年間に、苦い経験から学び、すぐれた適応力をみせてきた。サルマン皇太子は落ち着きを取り戻し、国を掌握し、いまでは経済やエネルギー問題に関する権限の一部を部下に委ねている。さらに、社会支出の拡大を求める圧力が高まっているにもかかわらず、サウジ政府は規律あるオーソドックスな財政政策を維持している。ここに、サウジの新たな経済モデルの一端を垣間見ることができるだろう。●

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