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米欧データ戦争の衝撃
―― 覇者の奢りとヨーロッパの反撃

ヘンリー・ファレル ジョージ・ワシントン大学 准教授(政治学、国際関係論)、エイブラハム・ニューマン ジョージタウン大学准教授

The Transatlantic Data War ―― Europe Fights Back Against the NSA

Henry Farrell ジョージ・ワシントン大学准教授(政治学、国際関係論)
Abraham Newman ジョージタウン大学准教授。

2016年2月号掲載論文

2015年10月、欧州司法裁判所は、「米民間企業によるデータ収集とアメリカ政府の国家安全保障活動の境界が曖昧である以上、(ヨーロッパの個人情報をEU域外に移転することを認めてきた)セーフハーバー協定を無効化する」という判決を下した。EUは域内企業を外国との競争から一方的に保護し、インターネットのオープンで民主的な特質を傷つけようとしていると批判する人もいる。しかし、オープンで安全なインターネット環境を擁護しつつ、アメリカはオンライン通信の暗号を無効化し、広範な通信監視システムを構築してきた。ワシントンが世界の相互依存状況を自国の安全保障目的に利用し続ければ、今回の判決がきっかけとなって、今後、他の国々と裁判所は、アメリカ中心の世界経済にますます抵抗するようになり、グローバルなクラウドコンピューティング構築の夢は絶たれ、デジタルの暗黒時代へと向かう恐れがある。

  • 安全保障と経済相互依存
  • 相互依存を兵器化する
  • 政府とIT企業
  • プライバシー保護をめぐる対立
  • プライバシー保護かデジタルの暗黒時代か
  • 新しいインターネット秩序を作るには

<安全保障と経済相互依存>

2015年10月、欧州司法裁判所は、米政府と欧州委員会が15年前に締結した(個人データの移転を認める)「セーフハーバー協定」を無効とする判決を下した。アメリカのIT企業は、(ヨーロッパで収集したグーグルの検索履歴などの)個人情報データをEU域外に移転する際に、この協定を法的拠り所にしてきた。しかし欧州司法裁判所は、「米民間企業によるデータ収集と政府の国家安全保障活動の境界が曖昧である以上、(個人データの移転を認める)セーフハーバー協定はEU市民のプライバシー権を侵害する」という判断を下した。こうして、世界的に事業を展開するアメリカのIT企業は、法的に難しい状況へと追い込まれた。

この分野に詳しいアメリカの専門家は、こうした判決が出ることを予想していたが、多くの人にとって、これは困惑を禁じ得ない予期せぬ展開だった。米商工会議所のマイロン・ブリリアント副会頭は、「長く運用されてきた協定が、移行期間も(EU法令への)準拠方法も示されることなく無効とされたことを懸念せざるを得ない」と不満を露わにし、ペニー・プリツカー米商務長官は、「判決は米欧双方のデジタル経済を危険にさらすものであり、米企業だけでも数十億ドルのコストを強いられる」と批判した。新協定が締結されなければ、ヨーロッパの個人情報はEU域内に留まることになり、アルファベット(旧グーグル)のエリック・シュミット会長が言う「国別のインターネット」へと分裂していく恐れがある。そうなれば「人類で最も偉大な発明の一つが破壊されるかもしれない」

判決を批判する人々は「EUは域内企業を外国との競争から一方的に保護し、インターネットのオープンで民主的な特質を傷つけてしまった」と主張している。しかしアメリカの企業と政府高官たちが慌てた最大の理由は、これまで世界のルールを作るのはアメリカと決まっていたのに、それが覆されてしまったことだろう。
この70年にわたって、アメリカは国境を越えた情報、投資、貿易の流れを迅速化・円滑化するグローバルシステムを構築し、このシステムがもたらす開放性が、相互依存世界を形作り、そこでは、特定国のルールと選択が他国に大きな影響を与えた。その抜きん出た経済力ゆえに、多くの場合、アメリカはルールメーカーの役目を果たしてきた。

2001年の9・11以降、アメリカは世界の相互依存状況を背景に、その経済力を国家安全保障のためのツールとして利用するようになった。資本の自由な流れを擁護する一方で、制裁を駆使して外国の銀行や金融当局を動かし、特定の企業や人物、そして国家を国際金融システムから孤立させてきた。また、表向きは開放的で安全なインターネット環境を擁護しつつ、密かにオンライン通信の暗号を無効化し、イギリスなどの同盟国とともに幅広い通信監視システムを構築した。要するにアメリカは、各国が米経済に依存していることを逆手にとって影響力を行使し、外国人を対象にスパイ活動を行ってきた。

だが、この戦略は限界に達しつつある。10月の欧州司法裁判所の判決は、この戦略にコストが伴うことをワシントンに認識させた。世界経済への影響力を利用して国家安全保障を強化しようとするのは、経済ゲームの悪用だし、他国の抵抗をほぼ封じるそのやり方は、大きな反発を買っている。

アメリカの安全保障機関が高い能力をもち、EU加盟国がアメリカの情報収集能力や軍事力、技術力にただ乗りしてきただけに、ヨーロッパがこの問題でアメリカに直接的に反撃するのが難しいのは事実だろう。しかし、欧州司法裁判所の判決によって、EUは「圧倒的優位の代価をアメリカに強いる」方法を見つけた可能性がある。

欧州司法裁判所に米国家安全保障局(NSA)の活動を監視する権限はないが、ヨーロッパでの米企業の活動についての判断を示すことはできる。ワシントンが世界経済の相互依存を自国の安全保障目的に利用し続ければ、今回の判決がきっかけとなって、今後、他の国々と裁判所は、アメリカ中心の世界経済にますます抵抗するようになるかもしれない。

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