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Classic Selection 2009
脅かされる基軸準備通貨、ドルのジレンマ
―― ユーロ、SDR、人民元の台頭

バリー・エイケングリーン カリフォルニア大学バークレー校 経済学教授

The Dollar Dilemma

Barry Eichengreen 国際通貨基金(IMF)上席政策顧問等を経て、現在はカリフォルニア大学バークレー校・経済学教授。著著に『グローバル化した金融――国際通貨システムの歴史(Globalizing Capital: A History of the International Monetary System)』がある。

2010年9月号掲載論文

基軸準備通貨は1通貨でなければならないという考え方は、歴史を見れば間違っていることが分かる。歴史的にみても、複数準備通貨制の下では、準備資産を求める新興市場国から唯一の準備通貨供給国へと膨大な資金が流入し、これによって資産バブルが起きるという、最近、アメリカで見られたような混乱は起きていない。第二次世界大戦後のドルの地位は、アメリカ経済のグローバル市場における圧倒的なプレゼンスに支えられていたが、もはやこの例外的な状況は存在しない。短期的には、ユーロがヨーロッパ域内と近隣地域において準備通貨としてのシェアを伸ばしていくだろうし、長期的には、人民元が特にアジアにおいて影響力を拡大していくと考えられる。しかし、予見できる将来について言えば、ドルが他よりも一頭抜きんでた準備通貨であり続けるだろう。

  • ドル支配体制の終わりの始まり
  • 危機後の不可解な現象
  • 各国は何を基準に準備通貨を選ぶのか
  • ユーロは着実にゆっくりと台頭する
  • 中国のドル・ジレンマ
  • 超国家的準備通貨実現を阻む障害とは
  • 人民元は準備通貨になれるか
  • ドルの時代は続く、だが・・・

<ドル支配体制の終わりの始まり>

多くの専門家が、国際通貨としてのドルの地位は、2007~2009年の大規模な信用危機によって大きく損なわれたと考えている。ドルは致命傷を負ってしまったかもしれないとみる専門家も少なくない。今回の金融危機によって、高品質の金融資産のサプライヤーとしてのアメリカ(そしてドルの)の魅力が大きく低下したのは明らかだろう。

アメリカの金融市場が機能不全に陥るなか、各国の中央銀行による米債務証券の購入意欲が低下してもおかしくはない。金融の世界ではグローバル化の後退プロセスが既に始まっており、これまでのように、外国からの資金でアメリカの財政赤字と貿易赤字をファイナンスしていくのは難しくなるだろう。一方、アメリカ政府は当面は(財政出動などを通じて)膨大な公的債務を増やし続けていくはずだ。ドルの需要が低下し、供給が増えれば、必然的にドルは弱くなる。各国の中央銀行が既存のドル建て外貨準備の資本損失に苦しむようになれば、ドルに代わる準備通貨をいずれ求め始めるだろう。

ドルに代わる準備通貨を求める動きは、(経済的)一極支配構造から多極構造へのシフトが続いているだけに、ますます加速していく可能性がある。新興市場経済の重要性が高まるなか、アメリカの経済的優位は大きく揺らいでおり、「各国の中央銀行がドルを最大の準備通貨とし、貿易や金融取引の決済通貨としてドルを用いなければならない」根拠も薄れてきている。

新興市場国が経済成長とともに、保険策として外貨準備を積み増していくのは自然の流れだ。中央銀行は、貿易や資本の流れの急激な変動によって厄介な通貨価値の変動が起きるのを防ぐために、外国為替市場に介入する資金を蓄えておこうとする。中央銀行の市場介入能力は、それまで閉鎖的だった経済が自由化されたときや、現在のように、国際市場が大きく変動に見舞われているときにはますます重要になってくる。要するに、新興市場国にとって、外貨準備を蓄積することはきわめて合理的な行為なのだ。

しかし、外貨準備をどのような形で蓄積していくべきなのか。エコノミストや政府官僚は、例えばドルのような国家通貨を国際的準備通貨として利用するいかなるシステムも根本的に欠陥を抱えていると考え始めている。各国がドルの準備通貨を増やすには対米経常黒字を計上しなければならないが、これによってアメリカ政府は経常赤字を簡単にファイナンスできるようになる。アメリカの債務証券を購入する外国の中央銀行は、他に選択の余地がない市場に参加しているようなものだ。

外国の中央銀行がアメリカの債務証券を購入し、その需要が大きい限りは、そうでない場合と比べてアメリカの金利水準は低く抑えられる。その結果、アメリカ政府、そして間接的にはアメリカの個人や企業は、より多くの負債を抱えられるようになる。だが、最近になって少なからぬコストを支払わされて痛感したように、極端に低い金利水準と安易な信用拡大は、資産バブルを助長し、結局は金融の不安定化を引き起こす。

世界経済に占めるアメリカ経済の規模が大きく、ドル準備への追加的な需要が「適切な水準」にある限りは、問題が深刻になることはなかった。だが過去10年で、どちらの条件も成立しなくなった。アメリカの経常赤字を埋め合わせる外国からの資金流入は当惑するほどに巨大化し、これが、「グローバル・インバランス」が生じている証拠だとされた。もちろん、「グローバル・インバランス」が現在の金融・経済危機を引き起こした唯一の要因だったわけではない。米金融機関の法外な報酬体系が市場プレイヤーのゆがんだインセンティブを助長し、米政府の監督・規制がずさんだったことも同様に重要な要因だった。しかし、「グローバル・インバランス」が経済危機を誘発した大きな要因だったことは間違いなく、この意味において、ドル建ての外貨準備も問題だった。

経済的な側面だけでなく政治的な側面から考えても、ドルを基軸とした国際通貨・金融制度はもはや魅力を失っているように見える。第二次世界大戦後、アメリカがヨーロッパとアジアに大規模な米軍を前方展開させていた当時、米軍を受け入れていたホスト国は(ドル建て債務証券を購入し、蓄積していくことを)駐留米軍に少しでも報いるための代価とみなしていた。だが現在では、アメリカ政府を財的に支援し、アメリカ市民の生活水準を支えるべき根拠があるかどうかはっきりしない。むしろ、外国政府は、1960年代にフランスの蔵相を務めていたヴァレリー・ジスカール・デスタンが指摘したように、アメリカの「途方もない特権」への反発を強め、ドルに代わる準備通貨を模索している。・・・

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