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文化は宿命である

リー・クアンユー 元シンガポール首相(論文発表当時)
ファリード・ザカリア 『フォーリン・アフェアーズ』副編集長(論文発表当時)

A Conversation with Lee Kuan Yew

1994年5月号掲載論文

東洋の社会においては、個人が家族の延長線上に存在すると考えられている点にある。個人は家族から分離した存在ではないし、一方では、家族も親類の一部、友人の環、より大きな社会の一部として存在する。

  • はじめに
  • アジア・モデルは存在するのか
  • 正しい社会
  • アジアの経済成長と文化要因
  • 多文化主義へのアプローチ
  • 中国と日本
  • 欧米とアジア
  • インタビューを終えて

<はじめに>

「一部の政治指導者の能力と、彼らの国家のパワーの間に関連が見られないことは歴史の非対称性を示す一例だ」。かつてヘンリー・キッシンジャーは、シンガポールの長老リー・クアンユーについてこのように評した。キッシンジャーのかつてのボス、リチャード・ニクソンのリー評は、これよりもさらに賞賛に満ちたものだ。彼は、もしリー・クアンユーが、異なる時代に、そして異なる地域に存在していれば、「チャーチル、ディズレーリ、あるいは、グラッドストーン並の世界的名声を手にしていたかもしれない」とさえ語っている(訳注、ディズレーリ、グラッドストーンはともに、十九世紀後半のイギリスにおける代表的政治家)。

一九七〇年代以来、リー・クアンユーは小国の巨人とみなされてきた。しかし、今や彼の国シンガポールは小国などではなく、一人当たりのGNPは、かつての宗主国であるイギリスよりも高いレベルにある。世界でも有数の貿易港を擁するシンガポールは、石油の精製では世界第三位の実績を持ち、製造業、サービス業の世界的拠点の一つでもある。

それだけではない。彼らは、こうした貧困から豊かさへの移行をわずか一世代の間に実現している。一九六五年当時は、チリ、アルゼンチン、メキシコとほぼ同レベルにすぎなかったシンガポール経済も、今や大きな発展を遂げ、一人当たりのGNPでみれば、こうした諸国の四倍から五倍の経済レベルにある。しかも、リー・クアンユーは、この驚くべき経済成長を、厳格な政治的管理を損なうことなく達成している。

シンガポール政府は、「穏やかな」権威主義政権といえるが、同時に、これまでの道程が「穏やかではなかった」のも事実だ。シンガポールは、一九五九年に(憲法上)独立した後、一九六三年にマレーシア連邦の結成に参加し、六五年に連邦から分離・独立した。だが、一九五九年から一九九〇年にそのポストを部下に譲りわたすまで、リーは一貫して首相の座にあった。現在でも彼は、「総理府上級相(顧問)」として、国内における絶大な影響力とパワーを維持している。

首相のポストを退いて以来、彼は世界の賢人としての新たな活動を始め、多くの問題について率直な意見を表明し続けている。彼の思索の多くは、アメリカ流の民主主義とその危機について費やされているようだ。リーは、北京にはじまり、ハノイ、マニラに至るまでの東アジア諸国の首都を歴訪し、いかにすれば政治的安定や管理体制を損なわずに、経済成長を達成できるかを説いて回っている。実際、こうした諸国の政治エリートたちが切実に学びたいと考えているのは、まさにこのポイントなのだ。

この旧イギリス植民地の支配者たちには、当惑するまでに壮大な建物が、そのオフィスとして与えられている。かつてイギリス人が建てた建物は、今はシンガポールのもので、彼らが使用している。大統領、首相、顧問が執務をとるのは、美しい芝生のなかにある白亜の旧植民地総督公邸、イスタナ(宮殿)だ。軽質材の壁と革のソファーを基調とする近代的なインテリアをもつこの建物の内部は静寂に満ちていた。私は巨大ともいえる待合室で、彼を待った。

リー・クアンユーはほどなく現われた。彼は巨大なオフィスのなかほどに立っていた。彼は肥っているわけでも、痩せているわけでもない。かつてほど堅固な感じがするわけではなく、幾分年老いた感じもするが、それでも七十歳にはとてもみえない。

リー・クアンユーは、私がこれまで会ったいかなる政治家とも異なっていた。そこには、ほほえみも、ジョークも、そして(政治家特有の)快活さもなかった。その顔が特に威圧的なわけではない。しかし、彼は鋭い眼差しで私を正面から見据え、握手し、それから、ゆっくりと淡いブルーの革のソファーに向かって歩き始めた(私は彼の広報官から、どの席に座るべきか事前に指示されていた)。気詰まりな三〇秒ほどが過ぎた後、私は今回のインタビューが短時間では到底終わらないだろうと確信し、テープの録音ボタンを押した。

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