国家ブランディングとは何か
――国家のブランディングとは、端的に言って、どういうものなのか。各国は、常に自国が世界でどうとらえられるかを気にかけ、その改善を目指してこれまでも努力してきた。国家ブランディングとは、こうした古くからの現象に関する新しいネーミングにすぎないのか。
サイモン・アンホルト ある意味では、イエスと答えることもできる。新しいポイントは、ブランディングの理論のいくつかが、国の名声や評判をうまく管理していくうえでも役に立つと人々が考え出したことだ。一つは、ブランドや名声そのものを国のアセット(資産)とみなす考えだ。ブランド理論に派生するこの概念は、うまく国のブランディングにもフィットする有益な概念だ。もう一つのブランド理論に派生する概念とは、ブランドは、何かをうまくマーケティングするためのたんなる戦略以上の価値を持つという見方で、これは、指導者にとって、そして国内政治局面において大きな価値を持つ。さらにブランドは、特定組織が共有する基本目的をうまく言い表してくれる作用を持つため、前向きの流れをつくりだし、目的に向けた共同行動の効率を高めてくれる。
こうした概念のすべては、企業のブランディングに端を発するものだが、この理屈を知的に責任ある形で応用すれば、国家を運営していくうえでも大いにプラスになる。
――国のブランディングといっても、それは、たんに観光プロモーション領域に関するものではないのか。
観光産業だけではない。私が特に力を入れてきたのは、いかに国を対外的に位置づけるかだ。これまでは、国を対外的にアピールするといっても省庁単位でばらばらのことが行われてきた。
観光担当の省庁は、いかに自国が美しく、多くの国の人々を魅了しているかを強調するし、投資促進を担当する省庁は、その全く反対、つまり、自国がいかに近代的で、道路や鉄道が整備され、車であふれかえっているかを強調してきた。一方、文化担当の省庁は、自国の映画産業がいかに優れているかをアピールすべきだと主張する。かたや政府は時に広報外交を展開しつつも、近隣国を批判することも多い。つまり、路線を一つにまとめない限り、自国に関する異なるメッセージを対外発信してしまうことになる。この状態では、多くの国が、分裂し、時代遅れで、混乱し、役に立たないバラバラのイメージを対外的に発信してしまうとしても不思議はない。
私が紹介しようとしている本来の国家ブランディングに関する主要な原則とは、国のブランドに利害関係を有するすべてのプレーヤーが協調し、どのような長期的な戦略と世界における役割を望むかについて合意できれば、思い描いているような影響力を手にできるということだ。
――「国家ブランド指標」とは何か。また、あなたは各国に対してどのようなコンサルティングを行っているのか。
「国家ブランド指標」とは、私が過去3年間にわたって3カ月ごとにグローバル・サーベイを行ってまとめている指標のことだ。
世界の35カ国の2万6千の人々を調査対象にしている。また、同様の手法で世界の60都市のブランド力を評価する「都市ブランド指標」もつくっている。調査対象国に対してどのようなイメージを持っているかについてさまざまな質問を行い、その回答をもとに、特定国のイメージが強いか弱いか、ポジティブかネガティブかを判定する。数多くの政府、政府系観光局、投資促進局、その他官民の組織が、このブランド指標を自国のイメージを測る手段として用いている。
だが、これ自体は私の仕事の一部にすぎず、もっとも力を入れているのは、7、8カ国の政府への政策上のアドバイスをすることだ。
通常は、国家元首と外相、財務相、文化相などの2、3人の閣僚、それに政府観光局の局長、輸出系大企業の最高経営責任者(CEO)、そして市民社会の代表2、3人で構成される小さな集団とともに仕事をしている。この集団のメンバーに宗教界の指導者、スポーツ界の指導者が加えられることもある。こうしたチームと丸一日をかけた対話・議論を繰り返していく。これを私はワンデイ・カンバセーションと呼んでいる。こうしたグループと、国を国際社会にどのように位置づけることができるか、自分たちが望ましいと考えるイメージを形成していくには、どのように政策、技術革新、投資が必要になるかを考えていく。
ビジネスコミュニケーションと国家ブランディングの違い
――国家ブランディングのビジネスはどれくらいの規模なのだろうか。これを理解するために、例えば、あなたはどの程度のビジネスを引き受けているのか。
私がやっていることと、他の国家ブランディング産業がやっていることの間には大きな違いがある。
私の知る限り、国家ブランディングにかかわっている人々の多くは企業広報、ビジネスコミュニケーションの専門家たちだ。そこで前提とされているのは、人々がまだ理解していない、国にとって有益な効果をもたらしてくれる領域が存在し、うまく対外的コミュニケーションを図る必要がある、というものだ。すでにビジネスとして大きな産業になっている。PR企業、広告代理店は、企業ブランディング部門で大きな収益を上げている。これに、観光局や投資関連省庁に対する広報コンサルティングを含めれば、このビジネスの規模はますます大きくなる。
だが私のやり方は違う。どのような国家ブランディングのために、どのようなマーケティングをやるべきかについてアドバイスはしない。私がやっているのは、自分の国にふさわしいと彼らが考える国際的名声を確立するには、どのような政策をとるべきかをアドバイスすることだ。このような政策上の提言をしているのは、おそらく私だけだと思う。このたぐいのアドバイスを求めている国は数多くあるが、よいイメージを確立するために必要な痛みを受け入れて、努力しようとする国は少ない。
――あなたは、直接的なブランドマーケティングでは、国家ブランディングはうまく確立できないと考えているのか。
何かの完成されたパッケージを売り込むのであれば、うまくいくかもしれない。そうしたパッケージは、観光産業、輸出産業その他特定領域については汎用性があるかもしれない。いい品質だからと、特定のパッケージを薦め、対外広報のマーケティングを行い、その手法が優れており、資金によって支えられ、一貫して実施されれば、うまくいくのかもしれない。
しかし、世界の人々の自国に対するイメージを変えようとしている場合には、このやり方は通用しない。人々は、相手国に関する自分のイメージを信じているし、その認識は生活に根ざしている。これをCNNの20秒の広告でどうにかできるものではない。人々はこの手の広報をプロパガンダとみなし、本能的に拒絶するか、無視するものだ。
――とすれば、国家ブランディングという呼称そのものが間違っているということにはならないか。
そのとおりだ。(さまざまな意味で)国家ブランディングという呼称が用いられている現状を前に、私は国家ブランディングという言葉を最初に使ったことを後悔している。私が意図したのは、国家ブランドというもっとシンプルな意味だった。
国にはイメージがあり、そうした国家イメージは、企業が作る製品のブランドイメージ同様に、国の進歩にとって重要だ。だが、イメージを直接的に操作できると言うつもりは私にはなかった。この観点からみれば、国家ブランディングという名称は誤解を招きかねない。
私自身は、もう国家ブランディングという呼称はなるべく使わないようにしている。実際、私は最近の著作のタイトルを『競争力のある国家アイデンティティ("Competitive
Identity")』としたが、これは、国家ブランディングという名称からのシフトを図ろうとする試みの一環だった。人々が国家ブランディングという名前から過大な期待を抱かないようにするために、あえて「競争力のある国家アイデンティティ」という退屈な名前にした。
競争力のある国家アイデンティティー
――あなたが発行する「地域のブランディングと広報外交("Place Branding and Public Diplomacy")」という雑誌は、国家ブランディングに関するアカデミックな文献を集めた主要なソースだ。この領域を、学問的観点から話してもらえるだろうか。現在における主要な論点は何だろうか。
学問領域としての国家ブランディングの歴史はまだ浅く、議論が成熟しているとは言えない。まだ混乱している。問題の一端は、国家ブランディング領域に関する若い学生の関心が非常に高いのに、彼らを指導する経験のある専門家が少ないことだ。
私のところには、週に2〜3通は、自国のブランディング、国内の都市のブランディングをテーマに修士論文、博士論文をまとめているという大学院生からeメールによる相談がくる。この研究を完成させることに彼らは大きな熱意を持っている。このテーマは市民の考えにも大きな影響を与える可能性がある。しかし実際には、このたぐいの論文を指導するだけの経験を持つ研究者がほとんどいない。
この状況はましになってきてはいるが、公共政策、国際関係、経済の専門家がこの領域にもっと関心を持つ必要がある。一方で、5、6年前にこの領域に関心を持ち始めた大学院生の一部は、このテーマに関するかなり成熟した見解を示すようになってきている。
――国家ブランディング、あるいは、競争力のある国家アイデンティティーは、外交政策にプラスに作用するだろうか、政策上の意味合いはどのようなものだろうか。
国家ブランディング、あるいは、競争力のある国家アイデンティティーは、外交政策にどのような影響を与えるか。かなり危険なものになるリスクもある。
政府高官や役人たちとの私のこれまでの経験から言えば、彼らは非常に知的で優れた教育を受けているが、民間部門でのやり方に関する知識レベルはそれほど高くない。彼らの多くは、マーケティングやコミュニケーションの価値を理解しつつも、尻込みしているところがある。
ナイキを売ることに長けた人々は、世論を説得し、コミュニケーションの仕方についても理解していると政府関係者は考えている。だからこそ、政府は、魅力的なスローガンやうまくデザインされたロゴを見せるコミュニケーションコンサルタントの餌食にされ、こうしたスローガンやロゴに法外なコストを支払う羽目になる。しかも、その効果を見極めようとする試みはほとんど行われていない。
このような状況では、コンサルタントにお金を払っても、効果は上がらない。この意味において、かなり危険な状態にある。国のイメージをマーケティングやコミュニケーションで変えるのは可能だが、これは基本的に不健全だ。
しかし、いい側面もある。貧困で弱体な国に機会を与えることになるからだ。こうした問題を適切に理解し、問題を管理していけば、途上国も国際プレーヤーとしてグローバル市場に参入することができる。
古いシステムのもとでは、軍事力と経済・政治的影響力を持っていれば、世界で成功することができた。この基準でみれば、世界の99%の国が戦わずして敗北していたことになる。だが、グローバル化が求める市場経済モデルには、国家ブランディングという要素も含まれており、こうした環境では、小さくて貧しく、世界の拠点から遠く離れたあまり知られていない国も、少なくとも世界の特定層にアピールできる。グローバル市場におけるニッチ市場を見つけることができる。●
Simon Anholt 季刊誌「地域のブランディングと広報外交」の編集長。数多くの国や市、地域に対してブランディングや経済開発、広報、貿易などに関するコンサルティングを行っている。
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