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ソビエトへと回帰するロシア
モスクワの米大使館からワシントンの国務省に1通の電文が打電されたのは61年前のこと。クレムリンの支配者たちの行動・思考パターンを分析することを目的としたこの電文は、ワシントンでセンセーショナルな衝撃をもって受け止められた。ジョージ・ケナンという若き外交官がまとめたこの「長文の電報」は、その後、半世紀にわたってアメリカの対ロシア戦略の基盤とされることになる。
ソビエトが崩壊してすでに長い時間が経過しているが、欧米は再びクレムリンの指導者たちを突き動かすロシアの行動・思考パターンが何であるのか、理解に苦しみだしている。
専門家の多くはケナンの「封じ込め」政策を支えた原則はいまも有効だと考えており、ウラジーミル・プーチン率いる再生したロシアとの冷戦の時代が新たに始まりつつあると考えている。だが、私は新たな冷戦が起きているとは思わないし、そんな可能性があるとも思わない。しかし、プーチンが2000年に大統領に就任して以降のロシアが民主化路線から離れていき、権威主義路線へと傾斜していったために、ロシアを世界の外交・経済システム、とくにエネルギー市場に統合していく路線がいまや疑問視されだしているのは事実だろう。欧米がロシアの行動そのものではなく、行動の背景にあるクレムリンの意図を推測してこの国を判断しようとするために、疑問はますます深まっている。
共産主義が崩壊するなか、欧米世界ではソビエト・ロシアの帝国主義的な野望も消失したと広く考えられるようになり、その結果、対ロシア外交に冷戦期の対ソ路線を持ち込む必要はないとみなされるようになった。だがそれは間違っている。ユーラシアという世界の地政学的拠点に広がり、情け容赦のない帝国主義の伝統を受け継いでいるロシアへの警戒を怠るべきではない。
欧米が共産主義崩壊後のロシアへのアプローチとして採用した、「経済と政治制度の改革を奨励する路線」が重要な外交戦略であることに異論はない。だが、そうした改革奨励路線では、ロシアの伝統的な膨張主義、そして近隣諸国を犠牲にして超大国の地位を取り戻そうとするロシアの戦略には太刀打ちできない。
ロシアの不安と膨張主義
エネルギー価格の高騰を追い風に、1990年代初頭の混沌とした政治・経済状況を脱したロシアは、ここ数年は年率6・5%の経済成長を遂げ、その経済はいまや数兆ドル規模にある。平均寿命は低下しているものの、ロシア市民の生活レベルは向上し、拡大する中産階級の将来への自信も深まりつつある。株式市場がブームに沸き返るロシアは、いまや世界で3番目に大きな外貨準備を持ち、大規模な経常黒字を背景に1990年代初頭に膨らんだ対外債務も完済目前だ。ルーブルは外貨と交換できるようになり、いまやその価値は過小評価されているとさえみなされている。世界貿易機関(WTO)への加盟も間近に迫っている。市民はロシアの安定と経済成長をもたらしたとプーチン大統領に感謝しているし、グローバルな問題をめぐるロシアの影響力が高まっていることを誇らしく感じている。70%前後の支持率という、政治家なら誰しもうらやむ支持をプーチンが得ているのも不思議ではない。
しかし、第二次プーチン政権が一歩前進するごとに、ロシアが一歩後退してきたのも事実だ。国による経済管理体制の強化、とくにエネルギー産業における国家統制策の強化は腐敗と非効率を蔓延させている。
経済協力開発機構(OECD)によれば、国の管理下にある生産施設の原油生産量はこの3年間で倍増している。政治的反対意見は封じられ、(政府に批判的な)新聞、テレビ局、ラジオ局も閉鎖されるか、事実上、政府の管理下に組み込まれている。選挙で選ばれた知事が、クレムリンが送り込んだ人物にポストを奪われ、ロシア議会も国家権力の独占をもくろむクレムリンによって骨抜きにされている。
現在のロシアは対外的にも厄介な問題をつくりだしている。モスクワはイランの核開発計画を外交的に擁護し、相手構わず武器を売却している。クレムリンは常に近隣諸国に嫌がらせをし、天然ガス価格の大幅な引き上げをグルジアなどの旧ソビエト諸国に迫り、経済的に締め付けてきた。今年2月にプーチンは「天然ガス版のカルテル組織」をイランと創設する構想にも関心を示している。
こうした行動は何ら驚きではない。大統領就任以来、「偉大なるロシアを復活させる」というプーチンの目的は一貫しているからだ。ミハイル・ゴルバチョフの政治に異議を唱えてロシア大統領となったボリス・エリツィンが政治的反対意見を民主政治の不可欠な要素として容認したのに対し、プーチンは最初から、中央政府の強大な権限を復活させるには政治的反対意見を抑圧することが必要不可欠とみなしていた。例えば石油大手ユコスのミハイル・ホドルコフスキーは、クレムリンの権威にあえて挑戦し、おそらくプーチンの後継者の座を狙ったために刑務所送りとされた。現在のクレムリンが重視するのは民主主義や人権ではなく、秩序、(天然資源がもたらす利益を分配する権限を含む)権力、そして国際的影響力を回復することだ。
こうしたプーチン大統領の志向は、政権を構成するメンバーの経歴にも表れている。各省庁の幹部や閣僚、代議員、連邦組織の幹部、地方政府や地方議会の幹部など現体制の重要メンバー1016人を調査したモスクワ・エリート研究所のオリガ・クリシュタノフスカヤ所長は、このうちの26%が過去にソビエトの秘密警察である国家保安委員会(KGB)またはその後継組織に所属していたと指摘している。また経歴の空白や奇妙な昇進ルート、KGB関連組織での勤務など、彼らの経歴をさらに詳細に調べると、プーチン体制の幹部の実に78%がKGBに関係していたとみなせるとクリシュタノフスカヤは結論している(もっとも、こうした指摘を過大視すべきではない。ロシアの最高権力の多くを元秘密警察のメンバーが握っているとしても、少なくとも現在のロシアは警察国家ではない)。
経済は力強い成長を遂げているが、ロシアは国内に大きな問題を抱えている。長い目でみれば世界に悪影響を与えるのは、ロシアの相対的強さよりも、システマティックな弱さかもしれない。例えば、アルコール依存症と崩壊寸前の保健医療システムが人口動態に大きな打撃を与えている。エイズウイルス(HIV)の猛威が今後ピークに達すると予想されているのに、すでに過去8年間にわたって人口は毎年70万人のペースで減少し続けている。男性の平均寿命は世界最低水準だ。専門家の多くは、今後ロシアの人口はより劇的に低下していき、21世紀半ばにはおそらく1億人を割り込むと予測している。
経済が力強い成長を遂げているといっても、その基盤は不安定だ。永久に続くはずのない原油高、そして、バランスを欠いた「投入の増大による生産の増大」という、ともに持続不可能な要因を基盤としているからだ。石油や天然ガスといった天然資源を保有していることは、他の資源国同様、ロシアにとってもプラスとマイナスの両面がある。エネルギー価格の高騰と原材料輸出の増大によって、ロシア経済は世界第10位の規模になるまでの拡大を遂げた。だがこの数字は原油価格が1バレル61ドルで推移することを前提にしており、現在の原油価格はすでにこの水準を下回っている。しかも、エネルギー資源の輸出がクレムリンの歳入の約30%を担っている。エネルギー産業を別とすれば、ロシアの工業輸出の多くは軍需品で、その売り上げの半分以上を占めるのが最新鋭の航空機だ。このように経済活動が多角化されていないため、ロシア経済は、国際的な原油価格や商品価格が下落すれば、大きなダメージを受けることになる。
さらにロシアにおける社会格差は幅広い領域で拡大している。OECDのリポートによると、腐敗もエリツィン政権期以上に深刻な状態にある。民間企業の意思決定に対する政府介入のレベルは、共産主義の崩壊以降、いまやもっとも高まっている。さらに、法の支配が確立されていないために、拡大する中産階級も、経済を先へ進めるのに不可欠な財産権その他が保障されるかどうか確信が持てずにいる。
一方、チェチェンにはクレムリンの強権者が送り込まれ、公然と反対派を威嚇し、拉致し、殺害しているし、北カフカスはこれまでどおり紛争の火種であり続けている。また、ロシア軍は腐敗しきっており、将校は徴集兵を奴隷同然に扱っている。また姿を現しつつある危険な新型結核への対策はとられていないし、人口の17%を占めるイスラム教徒のなかで過激派が台頭していることにも何の対策もとられていない。
1990年代のロシアは、よくワイマール共和国になぞらえられたものだ。かつてのドイツ同様に、不況と超インフレゆえに屈辱感を抱き、価値観を揺るがされた民衆は、粗野なナショナリストを支持するようになるのではないかと考えられていた。
だが第一次世界大戦に敗れたとはいえ、1920年代のドイツはすでに近代的な工業国であり、そうした近代国家の中枢を奪取したからこそ、ナチスは台頭した。一方、エリツィン時代のロシアにはこうした条件は見当たらなかった。政府が腐敗と混乱にまみれているようでは、ロシアが戦略的に台頭することなどあり得なかった。しかし石油資源をバックに経済が再生し、プーチンがより規律ある政府をつくりあげたことで、ロシアは戦略的に台頭し、とくに世界のエネルギー供給をめぐって大きな課題を突きつける力を持つようになった。
ソビエトの崩壊後、欧米は、「ロシアの地位が低下した以上、もはやクレムリンに特別な外交的配慮をする必要はないし、国際問題をめぐって重要な役割を認めるに値しない」という判断を下した。弱体化していたロシアを無視し、対話と協調のネットワークに取り込むことを怠った欧米は、その結果、ロシアが力をつけたときに出てくる悪癖の反動を大きくしてしまった。
こうした欧米の無関心な態度が伏線となってロシアは欧米に反発するようになった。東ヨーロッパ諸国を自分たちの安全保障枠組みに取り込み、欧米の一部にしようとする試みを、ロシアが自国に敵対的な行為とみなしたのもこのためだった。1990年代のロシアに欧米がもっとまともな対応をしていれば、ロシアの膨張主義はこれほどひどくはならなかっただろう。
ロシア VS ヨーロッパ
ウクライナの民衆はこれまでの経験から、「平和とは壊れやすく長続きしないもので、社会と政治の絶え間ない混乱を前にすれば持ちこたえられない」と考えている。私たちウクライナ人は歴史から教訓を学び、社会的緊張を引き起こす原因を取り除こうと努力してきた。状況を放置すれば戦争が平和にとってかわり、権力者が自由を踏みにじることになると考えたからだ。「ウクライナの未来は欧州連合(EU)とともにある」と、われわれが考えているのもこのためだ。EUの目的は、ヨーロッパ諸国と近隣諸国がともに重視する平和と繁栄のための永続的な枠組みを導入し、不安定と混乱を取り除くことにある。
旧ソビエト地域にヨーロッパの平和のための構造を根づかせるには、既存のパワーダイナミクスがどのようなものであるかを明確に理解しておく必要がある。ウェストファリア条約やベルサイユ条約締結後の状況と同様に、ソビエト崩壊後の旧東側地域も、強国と一連の無防備な新興小国との対立によって特徴づけられていた。
実際、ソビエト時代に構築された経済的・制度的つながりが体制崩壊後も温存されていたために、この地域でロシアが大きな影響力を持つのは避けられなかった。ウクライナの現役政治家として、私が日々直面しているのはこのような現実だ。
現在ドイツが議長国を務めるEUは、ロシアがもっとも衰退していた時期に結ばれた条約に代わる新条約の交渉を始めることで、この事実に正面から取り組むべきだろう。アンゲラ・メルケル独首相は、強大化した新生ロシアとヨーロッパはどのようにすれば恒久的で互恵的な関係を築けるかという問いに、今後数カ月間で答えを出さなければならない。
ヨーロッパとしてのアイデンティティーを強く意識する私は、ドイツとEUがロシアとの新たな関係を模索することを支持している。われわれの安全保障と繁栄にとって極めて重要なロシアとの関係を、場当たり的、あるいは暫定的に規定していくのは賢明ではない。ヨーロッパそして欧米全体が共通の外交政策をもって臨むべき相手がいるとすれば、それはロシアにほかならない。国際的なエネルギー価格の高騰を追い風に、ロシアが移行期のトラウマから立ち直っている以上、ヨーロッパはいまこそ復活したロシアを前にした安全保障の詳細を明確に定義する必要がある。ロシアの(膨張主義という)長期的でシステマティックな問題に対して、自制を求めて圧力をかけるだけでは、ロシアが短期的に覇権を確立するのを阻止できない。
とはいえ、ロシアからのエネルギー供給へのヨーロッパの依存状況は今後ますます高まっていくと考えられる以上、柔軟な対応をとる必要がある。実際、戦略国際問題研究所(CSIS)の最近のリポートによると、すでに輸入天然ガスの44%をロシアからの供給に依存しているドイツは、北欧ガスパイプラインが完成すれば、輸入天然ガスの供給の80%をロシアに依存するようになる。
残念なことに、政治指導者は、行動をめぐる選択肢が数多くある状況では、いかに行動するかをあまり考えないものだし、いかに行動するかについてよいアイデアを思いついた時には、効果的な行動のための時期を失していることが多い。
例えば1930年代のフランスとイギリスは、ヒトラーの行動の動機が何であるか確信が持てずにいたが、彼の動機を何とか知りたいと考えた時点ですでに英仏の政治家は間違いを犯していた。ドイツと近隣諸国の関係が、ドイツの動機だけではなく相対的力関係によって左右されていることは明らかだったからだ。
ベルリンの支配者が誰であれ、広大で強力な東方のドイツと国境を接する多くの弱小国にとって、ドイツのパワーは紛れもない脅威だった。西ヨーロッパの指導者たちは、ヒトラーの動機をあれこれとせんさくするよりも、ドイツのパワーに対するカウンターバランスを形成することに時間と労力をあてるべきだった。ドイツが再軍備すれば、もはやヒトラーの動機など重要ではなかった。(1929年から1935年の)ウィンストン・チャーチルの評伝である『荒野の時代』(The
Wilderness Years)からも明らかなように、チャーチルは一貫してドイツのパワーに注目すべきだと説き続けた。だがイギリスとフランスの指導者は、チャーチルのメッセージを正面から受け止めることなく、ヒトラーを戦略的なパワーバランス上のリスクとして捉えるのではなく、ヒトラーの動機にこだわり続け、結局、手の打ちようのない事態に直面する。つまり、外交でものをいうのはパワーであって、パワーを形づくる者の動機ではない。
この15年というもの、アメリカとヨーロッパの政治家は、ロシアの行動にどう対応するかの基準を、クレムリンが改革路線を進めているかどうかに求めてきた。民主主義と市場経済の発展に取り組めば、ロシアは平和的な発展を遂げるという認識を政策の基盤としてきたわけだ。こうして欧米は、パワーバランスを重視する伝統的な外交への配慮よりも、マーシャルプランの経験を重視して、ロシアの改革路線の強化を最優先にしてきた。
だがロシアにとってもっとも重要だったのは、改革を進めることではなく、かつての支配地域における覇権を再確立することだった。1991年のクリスマス前に、ソビエト崩壊の瓦礫のなかから立ち上がったロシアは、かつて目にしたことのない国境線が広がっている事態に気づいた。ロシアが、支配権の再確立とまではいかなくても、せめて失われた帝国での政治的影響力を回復しようと試みたのは当然の成り行きだったかもしれない。
旧帝国地域での政治的影響力の強化に取り組みつつ、ロシアは東方へも目を向け、中国の台頭がつくりだしたアジアの新しいダイナミクスにもより積極的に関与するようになった。
平和維持という名目で、ロシアはアブハジア、南オセチア、沿ドニエストルなどの旧ソビエトの不安定地域に軍事的に介入して事実上の間接統治を試み、欧米もこの動きに目くじらを立てることもなかった。実際、欧米はエストニア、ラトビア、リトアニアのバルト3国を例外とすれば、旧ソビエト諸国が国際的地位を確立する手助けをほとんどしてこなかった。ベラルーシ、グルジア、モルドバ、ウクライナ、そして中央アジアの旧ソビエト諸国におけるロシア軍の活動もほとんど問題にされていない。モスクワは事実上帝国の中枢として扱われ、モスクワもそう自負している。
ロシアの「近い外国」政策
欧米がどのように説得すれば、クレムリンは昔年の夢であるロシア帝国建設の野望を諦めるだろうか。1990年代の、衰退し外国の助けを必要としていたロシアに対してならそのような説得のチャンスもあったかもしれないが(いまやロシアは再生しており)、原油価格が唐突に下落しない限り、彼らが欧米の説得に耳を傾けることはないだろう。現状で外部から政治的圧力をかければ、ロシアは行動を改めるどころか、むしろ現在の乱暴な路線をエスカレートさせていくだろう。クレムリンが権力を再確立している以上、ロシアは内部から変化するか、あるいは全く変化しないままだろう。
とはいえ、欧米がロシアに対する影響力を何も持っていないわけではない。実際、クレムリンが国内における非政府組織(NGO)の活動、とりわけ外国からの支援を受けているNGOの活動をやめさせようと躍起になっていることからも明らかなように、プーチンも、従来のソビエト・ロシアのリーダー同様に、外部からの批判には敏感だ。
諸外国はプーチン以上に攻撃的な指導者が登場しないように配慮しつつ、プーチンの間違った行動をもっと批判する必要がある。だが、そのバランスをとるのはむずかしい。エリツィンは共産主義の復興を阻む最後の砦として自らを位置づけることで、彼の統治に対する世界からの批判をうまく抑え込んでみせたが、プーチンも同じく「まだ知らぬ悪魔よりも、すでにあなたが知る悪魔である私のほうがましではないか」というイメージをつくりあげているからだ。
欧米の指導者たちは、民主主義からの逸脱、チェチェン政策、エネルギー資源を盾にした近隣諸国への嫌がらせに対してもっと明確にロシアを批判すべきだ(これまで西ヨーロッパ諸国はロシアを批判することにはひどく慎重な姿勢をみせ、むしろ、ロシアからのエネルギーの安定供給に関する合意を結ぶことばかりを気にかけていた)。2008年3月のロシア大統領選が迫るなか、欧米は、「プーチンの再出馬に道を開くための憲法改正など許されないし、そんなことをすればロシアを主要8カ国(G8)から追放する」とはっきりと主張すべきだ。また、たとえクレムリンの息がかかった候補者の当選が間違いないとしても、欧米は、自由で公正な選挙の実現を働きかけていく必要がある。
エリツィンの改革政権さえも、ほとんどの旧ソビエト地域に、相手国の意向を無視してロシア軍を駐留させてきたわけで、現実的なロシア政策はこの点を踏まえたものでなければならない。歴代のロシア外相は、旧ソビエト地域への介入を「近い外国」における平和維持活動と表現してきたが、こうした介入は実質的にロシアによる支配を意味し、現にロシア軍は、介入した地域で内戦を戦う勢力の一方に加担してきた。ロシアが近隣諸国における安全保障利益を持っているのは事実だ。しかし、ヨーロッパの平和と国際的な安定からみれば、そうしたロシアの利益が軍事的圧力や経済的圧力、あるいは一方的介入という形で満たされるのは好ましくないはずだ。
例えば、コソボがセルビアから独立するとして、ロシアがこれを先例として引き合いに出して、グルジアのアブハジア、南オセチア、アゼルバイジャンのナゴルノカラバフ、モルドバの沿ドニエストル、そしてウクライナのクリミアにおける分離運動を支援する口実とするのを許してはならない。そうしたロシアの支援は、(クレムリンに敵対的な)現地政府を不安定化させることが狙いだ。
これらの地域が短期的に平和を実現できるかどうかは、駐留ロシア軍を撤退させ、国内でおとなしくしているようにクレムリンを説得できるかどうかにかかっている。いずれにせよ、ロシアと旧ソビエト諸国との関係を国際問題として捉えるべきだろう。何らかの状況の改善を期待するのであれば、対処を求めてクレムリンの善意に働きかけるしかない。ロシア内部の問題として捉えるのではなく、確立した外交政策のルールを適用すべき国際問題とみなすべきだ。
欧米は、ロシアの国内改革にばかり目を向けるのをやめ、ロシアの膨張主義への対抗バランスの形成を模索すべきだ。対抗バランスを形成する路線をとれば、ロシアによるエネルギー供給の停止というリスクをヨーロッパ各国で分散することができる。そうしない限り、ヨーロッパ各国は、エネルギー供給をめぐる合意をロシアと個別に取り付けようとし、結果的に他のヨーロッパ諸国の脆弱性を高めてしまう。
もちろん、国益からみてロシアの攻撃的なエネルギー供給路線に対抗する必要性をどう捉えるかについては、各国に温度差がある以上、ロシアの攻撃的路線に対していつどのように反対するかについて、ヨーロッパが常にコンセンサスを形成できるわけではない。自国にとっては差し迫った問題ではない案件について行動を起こすことに抵抗する国も出てくるかもしれない。だが1945年以降、ヨーロッパに平和と繁栄をもたらしてきた集団安全保障の原則は今後も維持していくべきだ。メルケルは2006年11月、ポーランド首相との首脳会談で「集団エネルギー市場」の創設を提案したが、これはロシアを含めた全ヨーロッパのエネルギー安全保障体制の確立に向けた第一歩として評価できる。
ロシアの資源外交にどう対処する
ロシアのエネルギー供給がどの程度信頼できるかも重要な問題だ。ロシアは世界最大の天然ガス埋蔵量を持っているにもかかわらず、国内では天然ガス不足が起きている。天然ガス供給最大手のガスプロムが、年6%を上回る勢いで成長する経済に見合うような天然ガス増産のための投資を行ってこなかったからだ。同社の天然ガス生産量の4分の3を占める3大ガス田の生産量はいまや急速に低下し、一方で、ソビエト崩壊以降、ガスプロムが運営してきた別の巨大ガス田が現在生産のピークを迎えている。全体としてみれば、ガスプロムの天然ガス生産量は事実上横ばい状態にある。
モスクワのエネルギー政策研究所によると、2000〜2006年のガスプロムの新規生産設備への投資は、(メディア、銀行、養鶏場、西ヨーロッパのエネルギー網へのインフラ投資など)同社の他の事業への投資の4分の1にすぎない。天然ガス生産量を増やせば莫大な利益が得られるというのに、ガスプロムは新たな天然ガス田の探査や生産増加をほとんど試みていない。その結果、国内需要や輸出予定量を満たす天然ガスさえ供給できずにいる。
ガスプロムは予定より10年以上遅れて、北極地帯の荒涼としたヤマル半島で大規模なガス田開発を行うことを決定したが、ここから市場に天然ガス供給を開始できるようになるのは2011年だ。投資銀行UBSの最近のリポートによると、ロシアの工場や家庭、そして、ロシア単一電力システム(RAO―UESR)の天然ガス需要は年約2・2%の割合で伸びており、需要増の拡大ペースが年2・5%に達すれば、「供給危機のリスクが現実になる」。
ガスプロムはヨーロッパへの天然ガス供給を、少なくとも短期的には増やせないと考えられる。ヨーロッパ諸国はこのことを認識して対応を検討すべきだろう。ガスプロムがバレンツ海のシュトクマン天然ガス田から液化天然ガスをアメリカ市場に輸出する計画を断念して、その分をヨーロッパに供給することに決めたのも、生産能力が逼迫しているからだと考えられる。対米輸出計画の延期は当初ワシントンに対する嫌がらせとみられていたが、実際にはガスプロムの生産能力に問題があるようだ。事実、シュトクマンの天然ガスをヨーロッパに供給すれば、シベリア産の天然ガスはすべて国内需要にまわせるようになる。
世界の確認済み天然ガス資源の16%を保有している以上、問題は天然ガス資源の不足ではなく、ガスプロムの開発・投資戦略にある。この数年間、ガスプロムはガス田開発以外のことにばかり投資を行ってきた。トルコまでのパイプラインを敷設し、石油会社を買収し、RAO―UESRに投資し、ヨーロッパの流通市場に基盤を築こうと試み、傘下のガスプロム・メディアはロシア最大規模のメディア企業となった。これらの投資のすべては「国家エネルギー産業の覇者」となり、その座を維持していくためという名目で行われ、一方、中核ビジネスである天然ガス部門には十分な投資をしてこなかった。
ガスプロムはロシアで新しい天然ガス田を開発する際の技術コストという問題にも直面している。とりわけシュトクマン天然ガス田とヤマル半島の天然ガスをヨーロッパに運ぶ輸送費も含めた技術コストは、北アフリカや中東で最近開発された天然ガス田の2倍に達する。
すでに世界の天然ガス市場はこのことに気づき始めており、長期的にはロシアは非常に危険な状況に直面することになるかもしれない。実際、ロシアにおける新プロジェクトの莫大な技術コストゆえに、市場は、ロシアとガスプロムには天然ガス田を開発する能力がないと判断するかもしれない。ガスプロムの事業を欧米企業が引き継ぐ可能性もあるが、クレムリンが最近(ロイヤル・ダッチ・)シェルが投資してきたサハリンの石油・天然ガス開発事業権を剥奪したことを考えると、欧米企業もプロジェクトへの投資には慎重になるだろう。
天然ガスの供給危機を回避する唯一の方法は、パイプライン事業におけるガスプロムの独占状況を打破し、民間の天然ガス開発企業にライセンスを与えることだ。すでに、ロシア国内の天然ガス売り上げの20%は民間企業によるもので、生産量も拡大している。民間企業のさらなる発展を促すには、市場のインセンティブが必要だ。ヨーロッパが、ロシアのWTO加盟支持の条件として、エネルギー憲章条約及び同条約の通過議定書の批准を求めることもできる。そうすれば、ガスプロムの民間のライバル企業にも、ロシアのパイプラインへのアクセスが保証され、民間のロシア企業の成長を後押しすることができる。
ヨーロッパのエネルギー安全保障を強化するためにも、ガスプロムのパイプライン独占を緩和する必要がある。マイクロソフトなどの巨大企業を見事に規制してきたヨーロッパの競争政策をうまく用いれば、ガスプロムによる独占状況を打開できるかもしれない。ゲルマン・グレフ経済発展貿易相が提案したように、独立した監督機関をロシアが導入していれば、ガスプロムのパイプライン事業と天然ガス生産事業を分割する重要なステップになったかもしれない。しかしプーチン大統領はこうした提言を拒絶した。その結果プーチンは、国内経済の成長を鈍化させるであろう国内の天然ガス不足に甘んじるか、「国家エネルギー産業の覇者」としてのクレムリンの地位を失うかという二者択一を迫られている。
ガスプロムの独占的パワーを突き崩す以外にも、ヨーロッパにとって現実的なエネルギー安全保障を確立する方法はある。それは、ヨーロッパ全体でロシアによるエネルギー禁輸のリスクを分散することだ。ロシアと個別に合意を結んで自国だけ安全を確保し、クレムリンのエネルギー恫喝策に弱い国をつくりだしてしまうのは賢明ではない。
この目的からも、「中央アジアからロシアを迂回して天然ガスを運ぶパイプラインを敷設するEUの計画にダメージを与えるような合意をガスプロムと結ばない」というコンセンサスをヨーロッパで形成する必要がある。
ロシアへの対抗バランスを貿易の流れで形づくることもできる。EUが統一市場を拡大させ、東方のウクライナを内包できるようにすれば、この地域の貿易の重心そのものを移動させることができる。ウクライナとEUの「踏み込んだ自由貿易合意」の形成に向けた現在の交渉を、EU加盟候補国の地位を得られる合意につなげるようにしなければならない。
ロシアを普通の国家にするには
欧米は、民主主義と市場経済を推進しているロシアは支援すべきだが、ロシアが帝国主義的野望をあらわにしたときは、その行く手を阻む必要がある。実際、ロシアの改革路線が強化されるとすれば、サンクトペテルブルクからウラジオストクまで11のタイムゾーンを内包するロシア国内の発展にモスクワが専念するように働きかけた場合だけだろう。
通常の外交的配慮などしても効き目がないと判断してロシアに接するのは間違っているし、そうした路線はロシアにとっても有害だ。そんなことをすれば、ロシアは簡単に引き返すことのできない道に迷い込んで、結局は高い代価を支払わされる羽目になる。欧米は、自らの利益とロシアの利益が一致する部分と一致しない部分について、率直に話し合うことを恐れてはならない。
例えば、旧ソビエト諸国に現在駐留しているロシア軍の撤退など一度締結した合意は順守するように、ロシアにはっきりと求めるべきだ。現実的な対話を試みて、クレムリンの指導者たちが交渉の席を立つことはない。賢明なクレムリンの指導者たちは、相互の尊重に基づく政策の意図を即座に理解するだろう。実際、誠意や友好を示すよりも、こうした互恵的な解決策のほうが彼らも理解する。
ロシアと交渉する際には二つの目的のバランスをとることも重要だ。つまり、ロシアの路線に影響を与えることと、ロシア側の読みに働きかけるという二つの目標のバランスをとる必要がある。協調を促すような互恵的な権利と責任を定めた制度や合意ならロシアも歓迎する。そして、こうした合意でもっとも重要なのが、エネルギー憲章条約と同条約の通過議定書だ。一方、欧米がロシアの帝国的野望に目をつむれば、ロシアの改革路線を停滞させるだけだし、ウクライナなど、旧ソビエト地域の新生国家の独立と主権を暗黙のうちに軽んじることになる。
ウクライナは、ヨーロッパとアメリカが、ロシアの安全な居場所を確保できるような力強い枠組みを形成するのを助けることができる。ウクライナの運命は忘れられた辺境の国になることでも、旧ソビエト地域の「管理された民主主義」と欧米の民主主義を結ぶ架け橋になることでもない。それは、主権と独立を強化することによって、旧ソビエト地域に蔓延する縁故資本主義や無秩序を排除し、ヨーロッパの平和と統一を形づくることだ。私が首相在任中のウクライナはこの目標を達成しようと、モルドバやルーマニアと共通関税システムを構築しようと試み、そうすることで、ロシアの支持だけを頼りにモルドバからの分離独立を主張していた沿ドニエストルの犯罪企業を取り締まった。
自決主義は孤立することではないことを理解していたわれわれは、近隣諸国との協調も心がけた。国家が独立するということは、世界の舞台に新たな地位を獲得することであり、世界の舞台から姿を消すことではない。フランスを軍事占領していたドイツと現在のフランスの関係が好例だが、新興国がかつての占領国と、平等と相互利益を基盤とする有意義な関係を築くこともできる。これこそ私が望むロシアとウクライナの関係であり、こうした関係を構築することで、ウクライナはヨーロッパの平和圏を拡大することに貢献できるだろう。
真の政治手腕とは、好ましくない不測の事態から自国を守るための能力のことだ。石油や天然ガス資源をバックとするクレムリンの攻撃的路線の致命的な問題点は、クレムリンの指導者たちがバランス感覚を失っていることにある。莫大な経常黒字を前にしたクレムリンの指導者たちは、ロシア経済の復活を過信し、近隣諸国をいたぶっているが、これが欧米全体に衝撃を与えていることが見えていないようだ。クレムリンが再構築を試みている中央集権体制ゆえに民間のイニシアチブが抑え込まれ、その結果、莫大な天然資源に恵まれているにもかかわらず、ロシアは後進国の地位に甘んじることになりかねない。クレムリンの指導部がこの点を公然と認めるのはむずかしいだろうが、クレムリンが人々に服従を強要しているために、世界におけるロシアの地位と長期的な成長を維持していくのに必要な民衆のバイタリティーや創造力が奪い取られてしまっている。
欧米はロシアに対して、ヨーロッパと中東における安全保障システムに平等な立場で参加するように提案しているが、これをクレムリンが拒否すれば、ロシアは自国の利益を大きく損なうことになる。ヨーロッパのエネルギー安全保障の確立に向けて誠実に協力しなければ、ロシアは、国境の南側と東側からの深刻な戦略問題に直面して孤立することになる。そうなればロシアはエネルギー資源戦略という粗野な外交ツールさえも失ってしまう。
たしかに、現在のロシアの指導者たちが、ソビエト時代の負の遺産を克服する厳しい闘いを強いられていることには配慮する必要がある。しかし、彼らには、帝政ロシアの皇帝や共産主義者が3世紀にわたって力で維持してきた勢力圏を維持していこうと試みる権利はない。
欧米、とくにヨーロッパが、経済的繁栄とエネルギー安全保障を今後も確保したいと願うなら、ロシアがこれまで出し渋ってきたものを提供するよう要求する必要がある。そして、ロシアが欧米の真のパートナーになりたいのなら、安定から引き出せる利益だけでなく、それを維持するための責務を引き受けなければならない。●
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